第28話 ヒロインの悩み



 突然のお手紙すみません。ですけどどうしても、ステラ様に聞いてほしい事があったんです。

 最近私には悩みがあります。

 それは私の幼馴染の、勇者の有力後継者であるクレウスについての事なんですけど……。

 そう言えば後継者の件について言いましたっけ?

 それはともかくです。

 とにかく最近、悩んでいるんです。もう他に頼れる人がいないんです。

 どうかお力をお貸しください、ステラ様!





 王都 退魔騎士学校寮内


 対魔騎士学校の学生、三年生であるアリア・クーエルエルンは、寮内の自分の部屋にて一枚の紙を前に考え事をしていた。

 時折り右手を動かし、文字を記すのは手紙。

 内容は、小さい頃に知りあった女性、ステラ・ウティレシアへの悩み相談であった。


「いきなりこんな手紙、迷惑でしょうか。でも他にこういう事を相談できる相手はいませんし……」


 ステラとはあれから何度か手紙のやりとりをしていた。


 その内容は先に述べた通り相談事だ。

 幼馴染のクレウスから、何かとぼんやりしてて引っ込み思案で、行動力が有り余ってて暴走しがちで、誤解というか情報の行き違いもよく起きる、加えて天然成分が少々入っていると言われている性格のアリアの相談事。


 話はそれるが、アリアはよく望んでもいないのにトラブルに巻き込まれて悩み事や心配事を拾って来る人間だった。

 一応は、それらの難事に遭遇するたびに、友人や幼馴染を頼る前に自力で解決するように心がけていたのるアリアなのだが、悲しい事に自分はまだ経験の浅い十と少しばかりを生きた少女だ。手に負えない事柄が一つや二つは、どうしても発生してしまう。


 そんな手に負えない出来事は大抵はクレウスになんとかしてもらっているのだが、それでも彼だっていつも手助けをしてくれるわけではない。どうしても手を貸せない事だってある。

 それでいつの事だったか、気が引けつつも思いきって悩み事をステラ相談することがあったのだが、これが本当に頼りになった。彼女からもらうアドバイスは適格で、かつ背中を押してくるとても力強い言葉ばかりだったからだ。


 話は戻るが、そんなわけなので今回の事も、手を煩わせてしまう思いつつも助言が欲しくなりアリアはステラへと手紙を書いていたのだ。


「でも、できれば直接お会いしてお話したいです」


 悩み相談はもちろん大事でなんとかしたいのだが、それらはともかく、考えているうちに無性になつかしくなってきてしまってもいた。


 ステラには幼い頃に一度会ったきりだが、できればまたもう一度会って話をしたい。

 またいつか顔を合わせることがあればいいのだが、とそんなことを思いながら手紙を作成していくアリア。


 そんな彼女の希望が、後日思わぬ形で叶う事になろうとはこの時は微塵も思いもせずに……。





 ……本当に、思いもしませんでした。


 それはそれから、数日後の事です。


「今日からしばらくの間、このクラスで一緒に勉強する事になった二人だ。適当に仲良くしてやれよ」

「ステラ・ウティレシアです。皆さん、短い間ですがよろしくお願いします」

「ツェルト・ライダーだ。まあ、よろしくな」


 教室にやってこられた見覚えのあるお二人の姿に、私は本当に驚きました。


 どうして、どのような理由があってお二人が来られたのかというと、まずこの学校にある交換学生というものについて説明しなければなりません。


 交換学生。

 それは、自校の学生を他の学校へ学びに行かせるのと引き換えに、他校のすぐれた成績の学生を特別に招待するというものです。

 多くの人と接し、さまざまな考えに触れ、それぞれの技術を参考にして己の力を伸ばす糧とする、そのような事を目的の元に考えられた制度です。


 こちらからの候補にはクレウスの名前も挙がっていたようですが、彼は辞退したので違う人が行きました。


 何でも、面白い人が来るから残ったということでしたけど、まさかこういう事だったとは。

 おそらく懇意にしている教師たちからあらかじめこちらの学校にやってくる学生の事を聞いていたのだと思います。


 私は当然、面白くありません。

 知っていたのなら教えてくれればいいのに、と思いました。私がステラ様たちに会いたがっている事を知っていた癖に。

 クレウスは意地悪です。


 何はともあれです。

 今、私の目の前には、尊敬する人がいます。

 金色の髪に橙の瞳。

 忘れもしない、正真正銘のステラ様です。


 私は、放課後になったのを待って、さっそく突撃しました。


「ステラ様、久しぶりです!」

「ひ、久しぶりねアリア」


 息を切らしながら、机の間を走ってきた私を見て声を詰まらせるステラ様。

 ちょっと女性としてはしたなかったかもしれません。反省です。

 私はできるだけ落ち着くように心がけて、隣の席にいるツェルトさんにも挨拶しました。


「ツェルトさんも、お久しぶりです!」

「お、おう、そうだな」

「……そう。あのお祭りの場には、貴方もいたのね」

「……ああ、まあな」


 だけど、二人の間に流れる空気が少しおかしいです。

 よそよそしいというか腫れ物に触るような感じがするというか……。


「アリアには後で話すわ。……ツェルト、良いわよね?」

「ああ、別にいいよ。クレウスには俺から話とく」

「そう、ありがとう」


 何でしょう、一体。


 そして一日の授業が終わった後、私は驚愕の事実を聞かされるのでした。

 ステラ様はフェイスという人物にかけた呪術の影響によって、ツェルトさんの事を忘れてしまっていたのです。


 そんなのひどいです。あんまりです。

 ステラ様の方がつらいはずなのに、私はあまりのことに泣いてしまいました。

 でもステラ様は、気にしなくていいと逆に私の事を気遣って下さいます。

 思い出を失ってしまったから、その人がどれだけ自分に大切だったかも忘れてしまった……だから失った事に対する虚しさはあっても悲しみは無いのだと、ステラ様はそう言って慰めて下さるんです。

 そう言ったときのステラ様の表情はすごく複雑そうでした。


 そんな事、悲しすぎます。

 そして同時に私は、恐ろしいとも思いました。

 呪術に対してではなく、そんな事を人が平気でできるという事実に。


 大量に発生した魔物によって私の故郷が一晩で大変な事になった時の事です。

 私やクレウスは無事でしたが、建物はともかく村の人たちは大変な目にあいました。

 今でも魔物の事は怖いと思います。


 けれど、私が本当に一番怖かったのは、人の心でした。

 自分が生き残る為に、見知った人間を平気で魔物の方へと突き飛ばし、怪我をした人を躊躇なく見捨てていく人の心が、です。


 私はその魔物の襲撃があった日に騎士になろうと決意しましたが、そんな人の為に戦い続ける勇気がどうしても持てませんでした。


 そもそも何事もなければ貴族の娘でいたはずの私が平民になってしまったのも、人の心が生み出した悲劇によるものでした。

 呪われた家系と呼ばれた私の一族は、権力をふりかざし領民を虐げる者達ばかりでした。そればかりではなく血の繋がった家族ですら己の欲望のために簡単に切り捨てることができた人達……。


 力を尽くして精一杯守ろうとした人達が、そもそも守るに値しない人間だったら……。

 もちろんそうでない人達も大勢いることは知ってますが。


 だけどそんな私にステラ様は答えを下さいました。

 大切な友達の事を考えれば勇気は出る、と。


 その通りでした。

 守りたい人達の事を考えて、その人達と一緒に生きていく未来を想像すれば、その人達の生きる大きな世界を守って戦い続けようという勇気が、私に湧いてきたんです。


 今私がここにいるのはきっとステラ様のおかげです。


 だから私はその話を聞いて決めました。

 ステラ様を尊敬する人として、大切な友人としてできる事をしようと。

 今度は私がステラ様の力になる番です。

 絶対に、ステラ様の悩みを解決してみせます。





 そんな風に意気込んだ日の翌日ですが、ステラ様は律儀にも私の送った手紙の内容を覚えていたようで話題に触れられました。


 それは翌日、食堂にて昼食をとっている時のことです。

 テーブルには、美味しそうなコーンのスープと、お肉と野菜の炒め物と、パンが乗っています。

 スープは海藻のスープもありましたが、目の前にいるのがステラ様なので髪色と同じコーンにしたのです。とても美味しそうです、ステラ様。……あれ、何だか聞き様によってはとても危険な言葉のように聞こえます。


「確か貴方、私に相談したいことがあったんじゃない?」


 ぎくり……、です。

 口に運ぼうとしていたスプーンからスープがこぼれ落ちました。

 確かにそうですが、これ以上ステラ様の心労を増やすまけにもいきません。


「えっ、そんな。いいです……。これ以上心労を増やすわけにも……」

「後々のことを考えると、友達の力になれないほうが良くないと思うのだけど」

「い、いえ、本当に大丈夫ですから。私一人で解決できますので、ステラ様はお気になさらないでください」

「そう……?」


 誤魔化すように私は、これから食事ですのでもう会話はやめにしましょうと、スプーンを口に運ぶのですが。

 スープは全部こぼれてなくなってしまいました。

 ステラ様の視線が痛いです。


「聞かせてくれない? 余計な気を使われる方が逆に疲れるものなのよ」

「わ、分かりました……」


 決意した傍から、これです。

 何だか、情けなさすぎて泣きなくなってきました。


 私は手紙に書いた悩み事を打ち明けました。


「私の幼馴染のクレウスに関しての事なんですけど……」


 クレウスの事を見てるとなんだか胸が苦しくなって変なんです。

 考えてると心がきゅっと引き締まるような感じがするんです。


 特に最近は彼と目が合う度にそうなったりして、まともに見る事ができないんです。

 後は、彼が他の人と話してる所を見たりとか、他の人に親切にしてるところを見る時もそうなってしまって。


 勉強している時も、日常生活を送っている時も関係なく何の突然もなくそうなってしまいます。

 何かの病気ではないかと疑って色々と人に聞いたり本を読んだりして調べてみました。けど、当てはまるものはありませんでした。

 私は一体どうなってしまったのでしょう。


 全てを話し終えた後、ステラ様はどこか遠いところを見つめるような目をしていらっしゃいました。


「……」

「あの、ステラ様」

「ねぇ、アリア。貴方……、人からよく天然って言われない?」

「はい、よく言われますけど……」

「やっぱり主人公ね」


 よく分からない事を呟かれた後、ステラさんはじとーっとしたような視線をこちらへ向けてきます。

 何かお気に触るようなことでも言ってしまったのでしょうか。


「アリア、それは放っておいても大丈夫よ。何とかなるわ、その内に。具体的には卒業式ぐらいまでには」

「ええと、おっしゃられている事の意味がよく理解できないのですけど」

「ようするに、気にしなくてもいいという事よ。病気でも悪い事でもないんだから」

「そ、そうなんですか?」

「ええ」


 ステラ様は自信満々にはっきりとそう言いきられました。

 私としてはステラ様に無駄に労力をかけなくて良かったと思いますけど。

 私としては結構悩んだつもりなので、一言で片づけられることにはどうしても違和感を感じてしまいます。

 そんな私の感情が伝わったのでしょう。ステラ様は苦笑して続けられました。


「と、それだけ言っても不親切よね。アリア、それは自分で決着をつけなきゃいけないものなの。誰かに答えを求めるものじゃないのよ。だから私が解決してあげる事なんてできない。あなた自身が自分の心を見つめて、答えを出すものなの」


 なるほど、そう言う事なら仕方ありません。


「そうなのですか……。分かりました、ステラ様がそういうのなら私、頑張って答えを探そうと思います」


 自分の心に対する答えは、他の人には出せないものですし。


「大丈夫、貴方なら見つけられるわ。私が保証する」

「ありがとうございます」


 話の流れとしては思いがけない方向に行きましたが、結果的にはすっきりした気持ちになりました。

 やっぱりステラ様は素敵な人で、すごく頼りになる人です。


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