第6話 幼なじみがおかしいです



 屋敷 私室


 平穏な日がしばらく続いていた。

 でも、難事はまたやって来る。


 ほどなくして、ステラはその異変を目の当たりにする事となる。


 それは彼、ツェルトだ。

 わざわざ気づこうとしなくても気づけるくらい、遊びに来た彼の様子おかしかったのだ。


 勉強机に向かっている私は、背中ごしに無遠慮に部屋に入ってくる人の気配を感じていつも通り忠告する。


「打ち合わせは後よ、今日は勉強してからだから邪魔しないで」


 いたずらされないように、ノートや筆記具をさりげなくその人物から遠ざけるのも忘れない。

 だが……。


「……おう、分かった」

「え?」


 ツェルトの返事はそんなだった。

 ステラは思わず耳を疑った。

 おかしい。


 そのツェルトはいつの間にか部屋から気配が消えていた。勉強中だったにもかかわらず気になったステラは部屋から出て問題の人物を探しに屋敷を歩く。一区画分歩いた後、ステラはその場面に遭遇した。

 そこには、勉強継続の為に頼んでいた眠気覚まし用の紅茶をステラの部屋へと運んでくる使用人がいたのだが。


「あ、ツェルト様。お嬢様の部屋に行かれるのですか」

「おう、あ、それ持ってってやるよ」

「え?」


 ツェルトが進んで面白くもない普通の頼みを引き受けた。

 使用人は耳を疑っているようだ。

 ……おかしい。


 そして、そのまま紅茶を持ってくるでもなくぶらぶらと廊下をうろつき始めたツェルトに声をかける小さな人物。そろそろ勉強が終わる頃合いかと、木剣を持ってステラの部屋に尋ねてこようとしていたヨシュアだ。


「ツェルトにいさま、ステラねえさまのところにいたんじゃないんですか?」

「ああ、ちょっと考え事しててな」

「え?」


 ツェルトが柄にもなく頭を使って考え事をしている。

 ヨシュアも当然自分の耳を疑って、ちょっと引っ張ったりしていた。

 ツェルトは本日こんな具合なのだ。


 …………おかしい。

 ツェルトがおかしい。

 一体どうしてしまったのだろう。


 ステラは大いに心配になってしまった。


「何をしたの? 怒らないから白状しなさい」

「何だよ藪棒に」

「それを言うなら、藪から棒にでしょ。貴方おかしいわよ」


 試しに、出て行って声をかけてみるのだがツェルトの反応は……。


「お、おかしくなんかねぇったら。べべべべつに、なあ」

「そんな大根演技で騙されるものですか」


 思いっきり噛んで、声が若干震えていた。

 演技すらできていない。


 急きょ午後からの打ち合いを中止する事にして、ヨシュアに指南役のレットへと謝っておくよう頼む。


「ヨシュア、お願いね」

「分かりました、ねえさま」


 遠ざかっていく弟の姿を見届け向き直る。


「ツェルト……、私には言えない事なの?」

「……」


 友達が、それも他でもないツェルトが困ってるのなら力になりたい。

 そう思って、自発的に話してくれるようにじっと言葉を待った。

 ツェルトがもし困っているというのなら、それを見過ごすような人間になりたくないのだ。

 視線を合わせて、そのまま。根気強く彼が話してくれるのを待ち続けけた。


 そんな努力のかいもあってか、


「……実は」


 ステラのテコでも動かない頑固な様子を見てか、ツェルトは渋々ながら理由を話し始めた。





 カルル村で原因不明の疫病が発生している。

 そんな話の出だしに私は驚いた。


 始めにそれに罹ったのは農作業をしていた男性だ。

 最初はただの風邪が流行しているだけだと気に留めなかったらしい。

 だが、一人また一人と村人は衰弱して倒れていく。

 やがて片手の指で数えきれなくなった頃、これはおかしいと誰かが言い始めた。

 しかし、原因の調査を始めるころには十人以上もの人達が病に倒れるまでになってしまって、まともな調査ができなくなってしまっていたのだ。


 そこでステラの父や母が呼ばれることになり、貴族なら誰でも持つ特別な力を使い町民を治療し始める。

 両親が扱う魔法の力は治癒だ。ある程度の傷なら一瞬で治してしまうくらいには腕が良い。

 だがそんな二人の力を持ってしても、病では完治させることができなくて、進行をくいとめるので精一杯らしい。


 遅まきながら最初に村で倒れた男性の畑を調べたり、村の身の回りにある水源を調べたりしたのだが、原因は判明せず。

 現在は、遠くの村にいるもっと腕の良い治癒士を呼んでいる最中なのだが、このままではその人物が来る前に村が全滅してしまうかもしれないという事だった。





「そんな……、大変じゃない。ツェルトは大丈夫なの?」

「俺には罹らないからな」

「ああ、馬鹿は風邪を引かないって奴ね」

「ひどくね?」


 そんな軽いやり取りをして不安を誤魔化すが、今は大丈夫でも彼もどうなるか分からない。

 いっそのこと村に返さず、家で預かることはできないだろうか、とも思うが。


「おばさん達は、大丈夫なの」

「一応な」

「そう」


 ツェルトの両親とは数える程しか会ってないが、気の良い人達だったのを覚えている。

 そんな彼等を放っておいて自分だけ安全な場所にいるなんてできないだろう。

 まだ無事な人を屋敷へまとめて受け入れるのはどうだろうかと思うが、父がそれを考えなかったはすがない。しないのは、ステラ達を危険に晒さないためだろう。


「で、話はここで終わりじゃないんだ」

「まだ何かあるの?」

「その病気の薬の話だ」

「あるの?」


 あるのだとしたらここまで困っていないはずだろうと、首をかしげるが。

 ツェルトは言いにくそうにする。


「何、早く言いなさい」

「実は、迷いの森に生えてるんだ」

「迷いの森。入ったら二度と出てこられないと言われている森ね。ちょっと遠いわね」


 それはカルル村から少し離れた所にある森だ。

 迷いの……なんて言われているがステラ自身は、よくある迷信の類だろうと思っている。

 だが基本後先考えないツェルトだったら、すでにその森に突進していてもおかしくないのに。

 どうしてだろう。


「分かったわ。ちょっと待ってなさい」


 ツェルトの顔色はすぐれない。

 ひょっとして一人で行くのは怖いのだろうか。

 そう思ったステラは一つ頷いて、机やらタンスやらを漁って必要なものを鞄に詰め込み、護身用の木剣を持ってきて、身支度を整え……ようとしてツェルトがいることに気付く。


 堂々と覗いていないでさっさと移動してちょうだい。


 彼の顔色は相変わらず良くない。

 いつもやりたい放題やってるくせに、彼にも怖いものがあるなんて少し驚きだった。


「ちょっと、着替えるから部屋を出てて」

「え、何で」

「そんなの決まってるじゃない。迷いの森に行くためよ」

「え、何で」


 さっきとまったく同じ言葉で疑問をこぼすツェルトの額めがけてデコピンをくらわす。


「いてっ」

「一人で行くのが恐いから私について来てほしかったんでしょ」


 それならそうと最初に言えばいいのに。男の子って意地っ張りなんだから。


「ち、違っ。そうじゃない、ほんとにあそこは危ないんだって。行かない方がいい。ステラだったら何か代案とか考えられるんじゃないかと思って……」

「はいはい分かった、怖いのなら二人で行けばいいでしょ。お姉さんがついていっててあげるから」

「ステラ!」


 顔色を変えて何事かを言い続けるツェルトを部屋からさっさと追い出して、着替えることにする。

 子供の足で半日以上。

 今から行くとなると夕暮れ近くになるが、ツェルトの話を聞く以上、かけられる時間の猶予はそんなになさそうだ。

 速攻で言って速攻で薬を持ち帰る。

 そんな目標を立ててステラは準備を始めた。



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