第10話 ヒロインを呼び寄せてしまいました
ツェルトが精霊使いだと分かり、カルル村の事件は無事解決した。
それから数日後の事だ。
「精霊って何なの?」
私室にて、勉強が一段落ついた休憩の時間。
例によって屋敷に遊びに来たツェルトへ、かねてから気になっていた精霊についての事を尋ねた。
「さあ、俺にもよく分かんねー。魔物って確かほら、『おそらく人々の悪なる意思の集合体である』とか言われてるだろ? だから精霊は『おそらく人々の善なる意思の集合体である』って感じだろ。たぶん」
確かに本や文献などにはそういう説明が書かれてるけど、自分が知りたいのはそういう事ではないのだ。
例えば子供に、空を飛んでいるスズメの事が知りたいと言われて、スズメ科の鳥類なんて言ったところで喜ばれはしないだろう。
「調べてみても、謎に満ちた生き物だって事ぐらいしか分からないのよ。それでどんな姿してるの?」
「どんな姿してるんだろうな」
直接その姿を見た事がない身としては大変気になる事柄なのだが、見ているはずのツェルトはなぜか首をひねっている。
「知らないの?」
「まあ、何か存在してるなーってことは感じるんだけどな、姿とか見えたりしないし声とかなんかも聞こえたりはしねーんだよ」
何それちょっと幽霊みたいで怖い、と思ったが命の恩人でもあるので言わなかった。
「幽霊みたいだよな」
「命の恩人相手に何言ってんのよ、もう。言葉に気を付けなさい」
ステラが自制したのをさっそく台無しにするのがツェルトだった。忘れていた。それが彼だ。
「ねぇ、精霊使いってどんな力が使えるの?」
「うーん、どんななんだろうな、俺ができるのは瞬間移動くらいかな」
「何それすごい」
「まあ……ある人物周辺限定っていうか……応用が利かないから困ったさんなんだけどな」
じゃあ、二年前のあの時、空から降ってきたように見えたのは瞬間移動したという事だろうか。戦いに使えたらとても便利だろうと思うのだが。
「すっごく集中しないといけないから、動きまわってる時とか無理なんだ」
「すっごく使い道が限られるみたいね」
「あと、ある特定の人物の周囲にしか行けない」
「どこでも行ける扉の代用にはならないのね」
「何だそれ、すっごい便利だな」
ツェルトの話を聞いて納得した。
それで、トレント達と戦ってる時に逃げたり、屋敷から迷いの森へ行ったりする事はできなかったのか。
「それはともかく、精霊達に何か恩返したいところだけれど、何かないかしら」
「うーん、食べ物とかで栄養も摂らないし、睡眠とかもしないみたいだしなぁ」
しばらくああでもないこうでもないと悩んだりした後、ツェルトは何かを思いついたようだった。
「あった。精霊が喜びそうな事」
カルル村
という事でその思いついた事をする為に、ステラ達はカルル村の祭りに参加する事になった。
何度か足を運んだ村は、小一時間もすれば一周できてしまえるような小さな場所だ。だが、今日ばかりはそんな村の規模を感じさせないくらいの賑わいを見せている。
「人々の喜びの感情が、精霊の喜び……? 本当にそうなの? 私たちだけはしゃいで、向こうはしーんとしてるような、空気読めてない事になってないわよね」
「大丈夫だって、嘘だったらスカートめくり一回な!」
「ちょっと、それおかしいわよ。逆でしょ。どさくさに紛れて何言ってるのよ!」
そんなやりとりをしながら村をめぐる。
ただ青空が綺麗に見えて開けた場所だけだった広場に行くと、簡易的な屋台がたくさん立ち並んでいた。
賑やかな景色に心が自然と浮き立つのが感じられる。
だが、ステラは向かっていた足を止めた。
その風景の中に、何か見覚えのありすぎる者が交ざっていたからだ。
それは……。
印象的な桃色の髪に、大きくて丸い赤い瞳の少女。
燃えるような赤い髪に、日の光を受けて輝く金の瞳の少年、だ。
「クレウス、クレウス、あれ食べてみたい」
「アリア、さっき食べたばかりだろ、君の胃袋は一体どうなってるんだ?」
ヒロインとその彼氏候補!
だった。
「ど、どうしてこんなところに……?」
「どうしたんだよステラ、幽霊でも見たみたいな顔して。あ、今なら変な事しても怒られないかも」
何か変な事をしようとしていたツェルトに肘鉄をくらわせ、頭を働かせて考える。
思い出さなければ。前世でプレイしていたゲームの内容を。
だがどこをどう思い返しても、彼女等がこんなところに来るなんて話はなかった。
でもなぜか、実際に彼女達はこの場にいる。
その事実を元に考えられる点は二点。
それは本編には関係ないからあえてゲーム内では触れていなかったのか……。それとも私がこの世界に転生した影響で流れが変わったとか、だ。
考えた結果、後者の可能性を否定する。
私一人が行動した所で、重要人物の行動が変わるわけがない。
そう結論を下した。
これは描写するまでもないと判断された日常の一コマなのだろう。
そうに決まっている。
「あ、クレウス、あの人」
「ああ、ステラ様だ。良かったな、目当ての人に会えて」
私が原因だった。
「あ、あのアリアと申します。ステラ様ですよね」
「は、初めまして。ステラ・ウティレシアです。あ、あの、えっと……なぜ、私の名前をお呼びになったのかしら」
「ステラが何か変な反応してる。まあいいや、俺はツェルトなー。何だよ知り合いなのか?」
事情を知らないツェルトがさくっとフランクな態度で会話に加わって、主人公達に気兼ねなく接っしている。
「いいえ、近くを通りかかったんですけど、俺達と同じくらいの子が村を救ったって聞いて……、彼女がどうしても会いたいって言い出したんですよ」
「だって、あの迷いの森は本当に危険なのに、すごいなって。どうしたらそんな勇気が出せるんですか。ステラ様! 教えてください」
離れた所にいるはずの二人にも、迷いの森の危険さが伝わっているらしい。
数日前に自分がどんなに大変な半日を送っていたのかを、ステラは改めて思い知った。
これは後でもう一回ぐらい周りの人に謝った方がいいかもしれない。
それとあれは事態を何とかする為にもと焦っていたので不可避の出来事だったと思うのが、今後は危険な目に遭わないように身の回りの事を知ろうとする努力も大事だろう。
強くなる為に、と重要そうな事柄を心の中にメモしておいた。
情報収集大事。
「私、将来は騎士になって勇者様のように王宮で働きたいんです。でも私なんかが強くなれるかどうか不安で。怖いものとか全然我慢できないし……、勇気が出ないんです」
勇者様って王宮にいるのね。居場所が分かるのなら、自分も将来会う事ができるかもしれない。
よし、目標に近づく楽しみが一つ増えたわね。
それはともかく、本気で悩んでいるらしい目の前の少女へはきちんと話さなければならない。
自分なりに考えて出した答えをアリアに伝える為、口を開く。
「私だって怖いものは怖いわよ。でも友達の事を考えたら勇気が出たわ。守りたい人のことを一生懸命考えて頑張れば、きっとどうにかなる。こんな根性論しか言えなくてごめんなさい。でもこれが私の答えよ」
もっと洒落た言葉も言う事はできただろうけど、彼女が求めているのはステラ・ウティレシアの言葉だ。
そこらに積んであるような至極ありふれた言葉だろうが何だろうが、自分がそうだと信じている言葉でなければ伝える意味がない。
アリアはその言葉を聞いて目を閉じる。ステラから聞いた内容をを噛みしめる様に考え、時間をおいた後、アリアは顔を上げてこちらを見つめた。
「……いいえ、参考になりました。ステラ様、ありがとうございます」
「良かったなアリア」
「うん、クレウスが連れてきてくれたおかげだよ」
嬉しそうな表情を見せるアリア、役に立ったようで何よりだ。
「よしよし、精霊の餌ゲットだな。話もまとまったことだし、何か遊ぼーぜ。お前ら他のとこから来たんだろ、何か珍しい遊びとか教えろよ」
そういえば、精霊に恩返しするためにここにいるのだった。
「そうね、じゃあクレウス、あれはどう?」
「あれって? ああ、あれか、なるほど。いいな」
それからしばらくの間、アリアとクレウスと共に、村で遊び回ったりお腹を空かせてそこらへんのお店からご飯をもらって食べたりして楽しい時間を過ごした。
そうして半日過ぎれば、つかの間そんな時間に別れを告げなければならない。
「じゃあ、今日はありがとうございました。また、お会いできたらいいですね」
「またいつか。君たちと一緒に王宮で働けるといいな」
アリアとクレウスから別れの言葉を受け取る。
将来の目標まで話す関係になった二人は、名残惜しみながらも背を向けた。
遠ざかっていく背中を見つめながらステラは、本日の目的について口にする。
「喜んでくれたかしら、精霊」
「ああ、何か俺史上稀にみない勢いですっげー喜んでる」
「それ本当? 大した事してないのに」
ツェルトの軽い言葉にステラが納得しかねるといった表情を作れば、説明が返ってくる。
「精霊にとってはな、人間ってあんまり接点がないからよく分かんない生き物らしいんだよ。通じ合える精霊使いがそもそもあんましいないからな。だから、その大した事のない当たり前の喜びとか楽しさってやつを精霊は求めてるんだ」
「そうなの……」
「そうだ」
「だったら、もっと「喜び」を教えてあげないいけないわね」
それが私達のできる恩返しならば。そうしよう。
「ということで、俺の喜びの為にステラのスカートを……げふっ」
「他人の迷惑になることは禁止!」
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