第16話 残念ながら、別のイベントです



 保健室に予想外の方法で運搬された後、ステラが保健医に手当てされている間にいったん席を外していたツェルトが戻ってきた。


「どうしたの、それ」


 彼の右手から血が出てることに気付いて驚く。


「あ、これな。報復したとかじゃねぇから安心しろって。ちょっと、妖怪ぬりかべに出会ったから殴ってきたんだよ」

「殴ったって……」


 妖怪を教えたのは私だけど。出会ったら殴れとは言ってないわよ。


 そう思いながら棚から消毒液と包帯を手にする。生憎この部屋の先生はステラの治療を終えるなり退出してしまったのだ。

 あかしなツェルトの行動について考えるのは後にして、手早く彼の傷に処置を施していく。


 そんな風に動かすステラの手首……先程保険医に手当てされた所にツェルトが視線を落としながら口を開く。


「こんなのほっときゃ治るって、手動かさない方がいいよ」

「平気よ、これくらい。本当に大した事ないの。こら、動かさないで。ちゃんと巻けないでしょ」


 屋敷の訓練で怪我をする事が多かった自分達だ。おかげで互いに包帯を巻くのが随分と上達してしまった。


「ステラ、ごめん」

「それ、さっきも聞いたわ。仕方なかったって言ったでしょ」

「だけど」


 浮かない顔のツェルト。ステラの言葉じゃ彼の気が済まないらしい。

 もう、しおらしいツェルトなんてらしくないのに。

 普段の打ち合いの時とかカルル村の事件の時もそう思ったけど、自分の行動に対する責任感が意外に強いのよね。

 ステラはなおも言い募ろうとする彼の口に人差し指を当てた。


「だったら……、今度の休日、付きあってくれる?」

「お。おぉ……」


 こんな時は何を言っても無駄なので、負担にならない程度のお願いをするのが一番だ。

 そう思って言ったのだが、何故か、顔を赤くして視線をそらされる。


「どうしたの? 熱でもあるの?」

「なんでもない。ステラ……それって」


 何、と聞こうとしたら久々にやられた。

 髪の毛を一房すくいとられて、さわさわと手の中で弄ばれる。

 右の手の平の中に置いた金の髪を、左の指で撫でたり梳いたり。

 くすぐったさを感じてステラはわずかに身をよじった。


「約束だからな」


 そういって髪から手を離し、部屋を出ていく。


 ツェルトに遊ばれた部分を撫でつけながら不思議に思う。

 彼にとっては罪滅ぼしになるはずなのに、何でそんなに嬉しそうにしていたのだろうか。





 アルティスの町

 そして、保健室で約束した日。

 近隣にある小さな町の、待ち合わせ場所に決めた噴水の前でステラはツェルトを待っていた。


「と、いうことでよろしくね。ステラちゃんの友達一号ことニオでーす」


 やって来たツェルトは、ステラの横にいる連れの声を聴いて空を仰ぐ。

 名乗ったのは茶髪のショートカットに、青い瞳をした、はつらつとした印象を受ける少女だ。服装も動きやすそうな物を着ている。


「どうしたのよ。お気に入りの貴方のおやつを私が間違えて食べちゃった時みたいな顔をして」

「まさにそんな様な心境だ。そうだったな。ステラはそういう奴だもんな」


 乾いた笑いを響かせるツェルトからはどこか近寄りがたい空気を感じる。

 何故か理由を突っ込んで聞いてはいけないような気がした。


 そんな二人のやりとりを見たニオはとんでもない感想を述べた。


「二人って付きあってるの?」

「なっ、何でそうなるのよ」


 どこをどう見たらそうなるのかしら。

 出会った時から分かってたが、ニオは思った事を割とそのままはっきり言う人らしいのだ。

 何しろ第一声が、「可愛い顔して実は戦闘狂なの?」だったし。


「だって、何か雰囲気が夫婦みたいに感じるよ?」

「つ、付きあってないから、夫婦って何!?」

「えー、そーなのー? ムキになるところがあやしいなーあ」


 気恥ずかしさから全力で否定するが、二オは面白がるような顔をやめようとはしない。


「このまま会話させると間接ダメージで死にかねないな。話し進めねーと。ステラ、誰このお邪魔虫」


 途中まで死にそうな顔をしていたツェルトだったが、このままでは事情が把握できないとみて話の先を促した。


「ちょっと、ツェルト。お邪魔虫って……」

「大丈夫、私は気にしないよ。むしろ面白いから。ささ、ニオの事紹介して、ステラちゃん」

「そ、そう? 貴方がいいならいいけど……。ニオは私の友達よ。私達と違って遠く……王都から来てるから寮に入っているんだけど、まだ部屋の中がさみしい状態なの。一人じゃ買い物するにも限度があるでしょ? だからその応援というわけなの」

「ああ、正しく罪滅ぼしだな」

「そのつもりで来たたんじゃなかったの?」


 ツェルトの口から不思議発言が出たが、今に始まったことじゃない。

 適当に聞き流して、買い出しに繰り出す事にした。


「そこは聞き返しといた方がよさげかもよ?」


 ニオがそんな事言っていたが、生憎ステラの耳には届かなかった。


「あーあ、ツェルト君かわいそ」

「それ、お前が言えるセリフじゃなくね?」





 それから買い物にはたっぷり一時間を消費した。


「衣服にお化粧道具に、小物類、勉強道具と……。これぐらいかな」

「どう、ニオ。これで全部そろった?」

「だいたいは。当分は困らなさそうだから、安心してもよさげかも」


 一通りの買い物が終わってそんな風に、確認していると後ろからくぐもった声が上がる。


「おーい」

「何、ツェルト」


 振り返ると、大量の荷物があった。

 高く積み上げられたそれを両手に抱えて運んでいるため、彼の顔が見えない。

 荷物の山から足が生えて自走してるように見える。


「少しくらい持ってくれても良くね?」

「だめよ、自分で言い出したことなんだからちゃんと責任を持ってやりとげなさい」

「それはそうだけどなぁ……、やるけどなぁ。期待していた分突き落とされてショックって言うか、そういう心境分も慮ってくれると嬉しかったりしなかったり……」


 後ろでよく分からないことを言い続けているツェルト。真面目に聞いても時間を使うだけなので意識から除外する事にした。


「それで、後はどうするの」

「いやぁ、さすがにこの状態でどこかのお店に入って優雅にティータイムと洒落込むのは無理があるかも」


 さすがに悪いと思ったのか、ニオが背後の自走する(ようにみえる)荷物を振り返りながらそう言った。


「じゃあ、帰るのね」

「そうさせてもらうよ」


 そんな流れでニオの帰寮が決まった所で、前方が騒がしくなった。

 何かトラブルが起きて人ごみが出来ているようだった。


「何かしらね」

「え、嘘。あれって、エル様?」

「えっ?」


 ニオが人の名前のような言葉を言いながら、不意に走りだしたのでステラ達は慌てて追いかける。


「お金も払わず飲み食いするとは言い度胸じゃねぇか」

「うちのお店の分もちゃんと払っとくれよ」

「こいつ知らない間に店からいなくなってたんだよ」


 人ごみの中心地。そこには人々の顔を見回して、おろおろとうろたえる青年がいた。

 慌ててニオは彼の傍へ。


「あ、あのっ、すいません。この人、ニオの……じゃなくて私の連れなんです!」


 駆けよったニオはその場に集まった人達に順番に頭を下げて、申しわけなさそうな顔でそれぞれが言う代金を払っていく。


「すみません、この人とっても世間知らずで。お金はちゃんと払いますから」


 怒り心頭の様子でエルという青年を責めていた人達は、ニオの一生懸命な謝罪の様子にだんだんと矛を収めていく。

 人がいなくなるのを待ってからニオ達へと話しかける。


「ニオ、大丈夫だった? 買い物したばかりなのに、お財布の方は平気?」

「何とかね……大食漢じゃなくて助かったかな」


 一応足りないようであれば、ステラも出そうかと思っていたのだが。

 その必要がないようで良かった。


「えっと、その人は?」


 ニオの側で縮こまっている青年に目をやり、質問する。

 華奢な体格で、荒事などにはまるで向いてなさそうな男性だ。


「……エル。私の友達なの。ちょっと世間ずれしてるとこがあるんだ。こんなところにいるとは思わなかった。エルさ……、エル、どうしてこんなところにいたの?」


 安心と心配の感情の入り混じった表情で、ニオはエルに尋ねる。


「ニオ、迷惑をかけてごめんなさい、どうしても他の町の様子を見てみたくて」

「護衛も付けずに外に出ないでって、何度も言ったでしょ」

「本当に、ごめんなさい。貴方がいなかったらどうなってたか」


 何度も謝るエルだが、ニオはそれで感情を沈められないらしい。


「大体エルはいつも……」

「そこらへんにしといてやれよ。そんなカッカしてたらまた人が集まってきちまう」


 そこへツェルトが仲裁しに入った。

 そこでエルはこちらの事に気が付いた様子で慌てて挨拶をする。


「あ、すいません。ニオがいつもお世話になっています。えっと……、エルと言います」

「ツェルトだ」

「私はステラ、ニオとはまだ友達になったばかりよ」


 フルネームで自己紹介すべきがどうか悩んだが、向こうが名前だけだったので相手に合わせることにした。


「いえ、心配だったものですから。彼女と友達になって下さってありがとうございます」

「もう、エルってば。ニオの心配するくらいなら、自分の事についてちゃんと考えてくれなきゃ」

「ご、ごめんなさい」


 再度怒りだすニオに、済まなさそうに頭をさげるエル。

 短い時間だか、二人の力関係がおおよそ分かった気がした。


 そんなやり取りの最中、エルは忘れちゃいけないとばかりに視線を移動させて、ツェルトの顔をまじまじと見つめた。


「ツェルトさんは精霊使いなんですよね」

「おう、そうだな」


 視線を受けたツェルトは少しだけ嫌そうな顔をした。


「そんなに見るなよ。男に見られてもうれしくないからな」

「ちょ、ちょと。初対面の人にそんな口きいたら失礼でしょ!」


 ステラがツェルトへ注意を飛ばすが、それを止めたのはエルだ。


「どうか怒らないでください、私は怒ってませんから。精霊使いは珍しいので、じろじろ見てしまって。こちらが失礼でしたね」

「へぇ、分かるってことはお前もなのか」


 会話の内容から察するに、エルという人も精霊使いのようだった。


「何となく気配を感じるのでもしかしたらと思いまして」

「ああ、俺も何かいる、ってのをお前から感じるぜ。そっか、精霊使いなのか」


 めったにいない自分と同じ力の持ち主だと聞いて、ツェルト達の話が弾みそうになるが。

 エルの連れだろうか、向こうから大柄な体格をした男性がこちらへ走り寄ってきた。

 そして当然の流れとしてニオと同じようなことを言い始める。


「勝手にいなくなられては困ります。まったく貴方という人は……」


 似たようなことをさほど時間が経たないうちに二度も聞かされているエルは参った様子でいながらも、素直に謝罪の言葉を口にする。


「すみません」


 エルはそれからもう一度ニオに礼を、ツェルトに謝罪の言葉を述べ、その場を立ち去ろうとする。が、その前に一度振り返って、近くに詰まれている大量の箱や包を見つめて言葉を付け加えた。


「お二人は二オの良い友人なのでしょうね。どうかこれからも彼女の力になってやってください。ニオは僕にとっても大切な友人なので、では……」

「エル様……」


 あの二人の間には何か色々ありそうな気がするし、きっとあったりするのだろうけれど。

 何となくニオが詮索されたくなさそうな様子だったので、深くは聞かない事にした。


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