第27話 その言葉はもう戻らない時間の証拠



 ウティレシア領 屋敷


 ステラの家の中庭。

 ツェルトは考え事をしながら散歩していた。


 フェイスの悪事は阻止された。全てが終わったはずなのに、ステラの中のツェルトに関しての記憶だけが戻らなかった。

 原因は不明。

 だが一応は、呪術の影響を受けすぎた事による後遺症、と見られている。


 考え込みながら自動で足を動かす。今は、ステラを屋敷に送り届けて彼女の両親に事のあらましを説明し、色々話を終えたその後だ。


 空には星月が輝いている。

 昔は毎日のように剣の打ち合いをしていたあの中庭。

 気が付いたら足が自然とそこに向いていたのだ。

 夜も更けているという事もあり、彼女を送って様子を見た後ツェルトは、この家に世話になることになった。


 だがおとなしく眠ろうにも眠れるわけなどなく、こうして人で一人で特に目的もなくぶらついている。

 その視界にステラの姿が映った。


「ステ……」


 声掛けを躊躇ったのは、相手に忘れられているからではない。

 彼女が涙を流していたからだ。


 それは悲しみの感情で流したものではなく。

 ふいに気付かぬ間にこぼした涙のようで、彼女自身も驚いた表情をして零れた雫を拭っている。


 そのステラがこちらの気配に気付いてふりかえる。


「ツェルト?」

「あー、眠れなくてな。そっちこそどうしたんだ」

「なぜか足がここに向いて。ここに来ると、胸が苦しくて、変な感じがするわ」

「そうか」


 なんともいえない居心地の悪さを感じて、ツェルトは視線を泳がせる。

 彼女と話をするなら、もっと時間を置いてからにしたいと思っていたのに。


「私が強くなろうとする理由、ツェルトは知ってるの?」


 ステラの境遇から察せられるものはあったが、彼女の口から実際に聞いた事は一度もない。

 ずっと一緒にいたのに、これからも一緒にいるつもりだったのに、そんな大切なことをツェルトは知らないでいた。


「それは……、聞いてない」

「そう」


 そういう事を打ち明けられるような仲ではなかったという事だ。

 少しだけ落胆するようなそぶりを見せるステラに、何と言っていいのか分からなくなる。


「私と貴方って、どんな関係だったの?」

「どんなって……」

「私とツェルトはその……もしかしたらだけど結構仲が良い間柄で、ひょっとしたら私は今、貴方を傷つけてしまっていたりするの?」

「そんな事は……ない」

「嘘よ。だって、さっきからずっと、私と目を合わせて話してくれてないわ」


 ステラに言われて初めてその事実に気付いた。

 不安がっているのは彼女も……そして自分も同じなんだと思い知った。


 ステラの様子を伺う。

 冷静さを装いながらも不安が隠しきれないその様子を見て、ツェルトは次に言うべき言葉を決めた。


「不安がらせて悪かった。急な事でびっくりしてただけだよ。俺とステラはただの友達だ。俺達は、それ以下でも、それ以上でもない。それなりに付き合いがあって信用できる……ただの友達なんだ」

「……そう、友達。私とあなたは友達なのね」


 ステラは言葉の意味を飲み込むように繰り返す。


 そんなのは前から変わらない関係だったのに、どうして今こうして口に出すと痛みを伴う言葉になるのだろう。

 いや、本当は、分かっていた。だがそれでも考えるのは止めにしておいたのだ。

 そんな事実を突き付けられてしまったら。

 とてもではないが友達としてステラに接することなんてできなくなるからだ。


「よろしく、ツェルト。これからもずっと友達でいてくれると嬉しいわ」

「ああ。俺達はずっと友達だ」


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