第4話 生まれ変わったら悪役だった



 身なりを整えて、屋敷の玄関ホールへ両親や使用人等と共に集まる。

 ステラはやって来た訪問者を迎え入れた。


 その人は、薄い頭髪に丸々と太ったタヌキ腹の男性だった。近くにあるイースト領の領主らしい。

 こういう時に余計な事を必ず言うであろうツェルトがいなくて良かった。

 ステラはその人を見て悪いとは思いつつも心底そう思った。


 両親の挨拶が終わった後、ステラは緊張しながらも前に出る。


「ようこそいらっしゃいました。ラシャガル・イースト様。ステラ・ウティレシアです」

「ふん、能なしにしては最低限の礼儀はわきまえているようだな」

「……」


 のっけからのこの発言。

 ステラは笑顔を保つのに苦労した。


 その後も訪問者はひたすら無礼だった。

 簡単な挨拶が終わった後。

 食卓でウティレシア家の振る舞う料理に口をつけるラシャガルという男は、よくそんな言葉がスラスラ出てくるものだと感心を覚えてしまうくらいの罵詈雑言の嵐を叩きつけた。言葉が尽きない事に対してだけは本当に感心してしまう。


 ラシャガルは食事をしながら、ステラの方を見て口を開けば「脳なし」や、「役立たず」、「こんな娘を領主にしなければならない領民が不幸」だの、「何を考えて教育しているんだ」だのだ。そんな感じのことばかりを発言してくる。あげくの果てには五年前の事件が起きたのもステラのせいだと言う始末。自分の事はともかく、両親の事も悪く言われて言い返したくなかったが、何度|拳(こぶし)を握って我慢した事か。


 この人、一体どういう思考回路をしているのだろう。


 いつもは美味しいと感じるはずの、好物である料理長特製スープがテーブルに並んでいても、ステラはまったく味を感じなかった。こんなの初めてだ。


 とうとう耐え切れなくなったらしい父が口を開いた。


「我が娘も貴族の役目を果たそうと立派に努力しています」

「努力しているから何だというのだ。結果が出せなければ意味がない。上に立つ者が無能であると害を被るのは領民であるぞ」


 口ではもっともらしい事を言っているが、領民の事を思ってるわけではない。

 その人はただ悪口が言いたくて言っているだけ。

 それぐらいはまだ子供であるステラにも察する事ができた。


「旦那様、至急の要件が……」


 いい加減嫌気が差してきたその場に使用人がやって来て、父に耳打ちをする。


「しかし、……。そうか、しょうがない」


 眉間に皺を寄せて父は席を立ち、母に目配せをした。


「あなた……」

「お前も来なさい」


 母はこちらを見て不安そうな顔をするが、私は安心させるように大きく頷いて見せた。


「招き入れた側にも関わらず、食事中に席を立つ事になって申し訳ない。至急対応しなければならない案件があるのでこの場を後にさせていただく」

「ふん」


 ラシャガルは意外にも鼻を鳴らしただけで、文句を言わなかった。


「ステラ、良い子で待ってなさい。できるね」

「はい」


 父達はそれを見てほっとした様子で、部屋を出ていく。


 この人も一応責任のある立場らしいのだから、成さねばならない事については理解があるのかも。ステラはそう思いかけたが、間違いだった。


 獲物をいたぶるような視線がステラの視線とあった。

 この為だったか、と理解した瞬間だ。

 ラシャガルが口を開く。


「貴族は能力を持って生まれてくる、それが貴族が貴族たる由縁だ。なのになぜお前はそれを持っていないのだ?」

「それは……、私にもわかりません」


 遥か昔、この国を救ったとされる英雄の末裔。

 その血族……血を引いた者が貴族である。


 異能の力を自在に行使できるその血筋を守る為に、貴族の婚姻には制約が多い。

 この世界では血脈は徹底的に管理されていたのだ。

 だから通常ならば、魔法の力を行使できない者が生まれるなどありえないはずだった。


 貴族であるはずのステラが魔法を使えないなどという事があるはずはないのだ。


 しかしラシャガルという男は、そんな事実に対して答えを見つけているようだった。

 路傍のゴミでも見るような視線をこちらに向けてくる。


「それに納得できる答えがある。お前は貴族の娘ではないのだ。お前が父親だと、母親だと思っている者はそうではない。答えろ、お前はどこから拾われてきた小汚い平民なのだ?」

「……っ」


 その言葉に、ステラは返す言葉がない。


 そんなはずはない。

 しかしそうは思いつつも、いつまでたっても開花しない魔法の才能が、何よりもその可能性を雄弁に語っていた。ヨシュアですら微々たるものと言えども、この年で魔法を行使することができるというのに。

 ステラは顔を俯かせ、肩を震わせるしかなかった。


 反論できずに無言でいると、いきなり髪の毛を乱暴に捕まれた。


「っ!!」


 ラシャガルはいつのまにか席を立ってステラの横に来ていたようだ。


「もっともらしく貴族のふりをしてめかし込んでいるのか? うまくやったようだな。平民でも与えるものを与えれば多少は見栄えするものか」


 引きちぎらんばかりに髪を引っ張られステラは苦痛に顔をしかめる。

 さすがに、その場に控えていた給仕の人が止めに入ろうとするが、ラシャガルが一睨みして黙らせた。


「いつまでものうのうとこの場所で暮らせると思うなよ!」


 そう言うとようやくラシャガルはステラの髪から手を離す。

 彼は己の席へはもどらず、肩をいからせたままそのまま部屋から出ていってしまった。


 ステラの耳には先ほど浴びせられた罵詈雑言が残っていた。

 いつか、どこかであれと同じ言葉を聞かせられてことがある。


『いつまでものうのうと、この場所にいられると思うなよ!』


 あれはどこだったか?

 そうゲームだ。

 前世でやったゲームの中。


 あのゲームには、ヒロインであるアリアの恋敵役として登場したある人物がいる。

 その人物は散々ヒロインやその周囲の人物に迷惑をかけた後、手ひどいしっぺ返しをくらい、その後に今のようなセリフを突き付けられるのだ。


 そうだ、思い出した。


 その人物の名はステラ・ウティレシア。

 登場人物であるヨシュア・ウティレシアの姉で。

 ヒロインとその仲間達の幸せを邪魔する存在、悪役だった。


 自分はそんな誰からも必要とされない、かえって迷惑とされてしまうような、そんな存在に生まれてしまったというのか。





 食事はのどを通らなかった。

 ステラはそのまま自室に戻るところだったのだが、その自分の部屋から使用人が出てくるところだった。


「お嬢様、テーブルの上をご覧になられるといいですよ」


 部屋の扉を開けて、道を譲るなりそんな言葉をかけてくる。

 不思議に思いつつも中へと入り、部屋の中央に置かれているテーブルへと視線を向ければ……。


「……あ」


 そこには下手な飴細工が皿の上に載せられていた。

 金髪に橙の目の少女と、鳶色に紫の瞳をした少年が、剣を打ちあわせている。

 その皿の目には紙切れがあり、下手な字でこう書かれていた。


『元気だせよ』


「馬鹿ツェルト、こないでって言ったのに」


 彼の意外な才能の発見だった。


 優しい友達の思いやり。

 もっとよく見たいと思ったのに、視界がぼやけてしばらくはちゃんと観賞することができなかった。



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