第21話 知り合いが惚れ薬をよこしました



 色々あったが、特にその事件を後に引きずる事はない。

 ステラの身はかなり際どかったし、犯人は逃がしてしまったが。さらなる精進に向けて、力を注ぐのみだ。

 ただ一点、犠牲になった人達の事だけは胸が痛んだ。


 そしてステラは学校では二年生に進級した。





 ある日、今もどこかで栄養ドリンクを研究しているはずのメディックとホルス……、そのボロ家で実際に詐欺の薬を売りつけてたほうが、屋敷に見張り付きでやって来た。(研究者と言えども元犯罪者であることは事実なので、一人で出歩くことは許されていないのだ)


 しばらくこの屋敷に滞在するらしい彼の目的は昔の事件の謝罪だったのだが、そのついでにと、とんでもない物を寄こしてきた。


「と、いうことで敵の多そうな女王様に惚れ薬をさしあげます」

「誰が女王様なのよ。どこがどうなって、そうなるのかしら」


 あの一件以来、妙になれなれしい態度で手紙を寄こすようになったメディック。

 今回は直接手渡したが、たまにこういう怪しげな薬が屋敷に送られてくる。


 ステラの手の中にあるのは、見た目としてはただ水が入っているように見える普通の小瓶。

 だが、あの二人が作った物だなのだ。

 どんな効果が付随されているか分かったものではない。


 お礼と書くのは文字だけの、素行の悪い問題児が教師の家を尋ねるような間接的なお礼参りをされかねなかった。

 ものすごく返品したかったが、必死な顔で役に立ちたいんですと言われては目の前で無下に断るわけにもいかなくなってしまった。


「反抗的な連中に飲ませれば大人しくなりますし、意中の小僧にのませても良し! 問題解決ばっちりで、馬車馬の様にステラ様のために働きますよ」

「良し! じゃないわよ。何を勘違いしてるのか知らないけど、知り合いを実験台にするような事なんてしないわ」


 見た限りおかしな所は無い。本当にただの水に見える

 小瓶を開けて匂いを嗅いでみるが、何も感じないし。


「また、名前だけの効きもしない薬……なのかしら」


 結果ステラは一応そう結論づけて、その薬を保管場所に困るガラクタに分類した。

 だが、効かないながらも予想外の効果をくっつけるのがメディックの薬だ。

 ステラはそれを身をもって経験する事になる。





 次の日ステラの身に異変が起こった。

 ベッドの上で目を覚ますなり、自分の症状に気付く。


「頭がぼーっとするわ」


 原因不明の倦怠感、と熱っぽさ、ステラは風邪を引いたようだった。ツェルトではないので努力したさに 無茶無謀を犯すステラではない。なので当然学校は休んだ。


「病気になるなんて、まだまだ鍛え方がたりないわね」

「お嬢様、今日ばかりは打ち合わせなどはしないで安静にしてくださいね」

「分かってる、わよ」


 病人用の粥を持ってきて、ステラのおでこに乗っかっているタオルを替えに来たアンヌ。

 レットに中止の事を知らせてきた彼女は心配そうな言葉をかけるが、ステラは力なく返事をすることしかできない。

 体がとにかく辛くて、声を出すのも億劫だった。

 症状的には風邪なのだろうが、こんなにひどいものは前世の自分も経験してなかったはずだ。


 そんな様子でステラは何かをする気力も起きず、するような体力もなく、ただひたすら半日の間ぼーっとして過ごしていた。


 どれくらいそうしていたのか、誰かが訪ねてくる気配がして視線を扉の方へと向ける。


「大丈夫か、ステラ」

「お邪魔してるよー、平気? 顔赤いね、ステラちゃん」


 やってきたのは学校を終えたツェルトとニオ、友人達だった。


「二人とも、来てくれたのね」

「まあな」

「来たよ!」


 静かだった部屋が賑やかになる。


「友達だからね。それにしても聞いてよ。ツェルト君ってば、朝ステラちゃんが学校来てないって分かった時すごかったんだよ」

「ああああ、その話はすんなって言ったばっかだろ」

「えー、いーじゃん。話しちゃえばいーのにー」

「やめろって」

「どうしよっかなー」


 いつも通りだと思えるその騒がしさだ。

 いつもならステラもその輪に加わる所だが。

 熱に浮かされた頭には刺激が強かったようだ。


「二人とも、少し静かにしてくれない」


 内部で鐘を鳴らされているような感覚だった。


「わ、悪い」

「ご、ごめんね。ステラちゃん、本当に大変みたいだね」


 頭を下げる二人は、心配そうな表情でこちらを見つめる。


「ニオの地元で売ってる体に良さそうな食べ物、いくつか持ってきたから置いとくね。今日一日あった事は。ツェルト君に聞いたらいいよ」


 寮の部屋にストックしてあった日持ちする品物らしい。

 そう言って包み紙のいくつかを部屋のテーブルに置いた後、ニオはさっさと部屋を出ていってしまう。


「ニオ……」

「顔だけ見に来たんだから、ステラちゃんは気にしないで」


 せっかく来てくれたのにまともに相手にできなくて少し申し訳なく思う。


「それじゃね。お大事にー」


 治ったらちゃんと礼を言っておかなければならない。

 それからは後を任されたツェルトが、今日一日の出来事を話してくれたが、やはり熱のせいかほとんど頭に入ってこなかった。





 窓の外が暗くなっている。

 夜、目を覚ますと、ツェルトが部屋の明かりをつけてくれた。

 ランタンの中の光が、ガラス越しに明かりが揺れるのが幻想的だった。


「ステラ、飯あるけど食べるか?」

「ツェルト、帰らなかったのね」

「まあな。俺今日ここ泊まってくから」


 とっくに部屋の中からいなくなってるとばかり思っていた姿に、少しほっとしたのは内緒だった。

 こんな時に、夜の部屋に一人というのもちょっと寂しかったし。

 病気になるとやっぱり人って心細くなるものなのかしら。


「そこまでしなくても良かったのに」

「迷惑だったか? そんならどっか引っ込むけどさ」

「そんな事ないわよ。正直、いてくれて嬉しかったもの……」


 それに、私の看病の為に残ったのに、他の部屋にいたら気まずいでしょう。


「食欲あるか?」

「少しね」


 ステラがツェルトの確認に返事をすると、彼は食事の乗ったトレイをべッドまで持ってくる。


「ありがとう。いただきます」


 礼を言って器の中身をみると、何だかいつもは入っていないものが見えた。

 様々な形に切り取られた野菜が、可愛らしく盛り付けられている


「貴方ってこういう細かい作業得意よね。可愛い」


 私が落ち込んでいたとき、飴人形を作ってくれた事もあったし。


「ありがとうツェルト。貴方って優しいわよね」

「何だよ急に」

「私が困ってる時、いつも……、すぐ駆けつけてくれるし……。ずーっとツェルトに甘えたくなっちゃうわ」

「そんなの当然……いや、ちょっと際どい時もあるじゃんか。というか、何かステラ変じゃね?」


 心配そうに顔を覗き込むツェルト。

 自分では普段と変わらないつもりだが、やはり熱の影響が出てるのか。


「そう? まあ、でも細かいことは気にしないの。貴方って小さいときからずっと傍にいてくれてるわよね。私、その事にずいぶんと助けられてるのよ」


 ステラは思ったことを素直に告げる。

 いずれにせよ彼の指摘は些末なことだ。

 変だと言ってもそれは体調不良的なものだろうし、寝てればそのうち治るのだからいま気にすることではない。


「ツェルトはどうしてこんなにも私と一緒にいてくれるの? 友達だから? それとも」

「そ、それは……、俺が、そのステラの事……大切だからだよ」

「そうね、私もツェルトのこと大切よ」

「うん、たぶん俺の意味正しく伝わってないよな、これ」


 心の底から正直に彼の言葉に対して述べたのに、何故か残念そうな顔をされた。


「ツェルト。どうしてそんな顔してるの」

「どうしてって、男にはどうしてもそういう顔になっちゃう時があるんだよ、きっとそういう時なんだよ」

「怒らないでよ、ツェルト。私何か気に触る事でも言ったの?」

「いや、怒ってないから。ステラやっぱ、何か変だぞ」


 大真面目な顔をして腕を組み考え事をし始める彼。

 そんなにもおかしいだろうか。

 今いちピンと来ない。


「私の事、嫌い?」

「何でそうなるんだよ、そんなのありえないって。これって本当にアレか? 病気になると心細くなるっていうそういうアレなのか!?」


 熱で潤んだ瞳を向けられたツェルトは、呼吸を止めた。


「嫌い……?」

「そんな目で俺を見ないで。やばいから。色々俺が俺してなくなりそうでやばいから」


 壁まで走って頭を数回打ち付けた後、ツェルトが息を乱しながら戻ってくる。

 ステラはおかしいらしいが、ツェルトはいつものツェルトだ。おかしいツェルトのままだ。

 おそろいだ。


「おそろいね」

「えっ、どこに話が飛んだんだよ。俺みたいなこと言ってちゃだめだってステラ。いや、俺でも話飛ばす事なんてなっかったよな。もう寝よう。すぐ寝よう。大人しく寝るべきだって」


 ツェルトはどうしてもステラを寝かせたいようで、ベッドに横にさせて、さっと布団をかぶせた。


「嫌いなのね、そうよね。面倒な幼馴染だって、そう思ってるのよね」

「嫌いじゃない! むしろ友達以上にす、……………………。だあぁっ、駄目だこんなの駄目だろ。もっと場面とかあるだろ。ステラ正気に戻って、俺がやばいから! ……って、あ」


 泣きだしそうになった子供みたいな表情のステラに翻弄されるツェルト。

 だがその内に眠気に襲われたステラは、抗うことなく眠りについていった。


 完全に意識が夢の中へといざなわれていく間に、彼の声が子守歌のように心地よく耳に響いた。


「ふぅ……眠っちまったのか。食器片しとくな、明日は元気で学校こいよ。……。おやすみ」


 小さな金属の道具がぶつかり合う音、と部屋の扉が閉まる音。

 遠ざかっていく足音を散歩数えることなく、眠ってしまう





 食器を使用人たちの下へ返しに行こうとしていたツェルトは、視線をもう一度ステラのいる部屋の方へと投げた。


「ステラは一体どうしちゃったんだ。意外じゃないけど、いきなり弱音吐きすぎっていうか、限度ってもんが……ん?」


 人の気配に気が付いて声を止める。遠ざかっていく男の背中を目撃しツェルトは首をひねった。


「何だ……?」









 翌日、ステラは学校にちゃんと登校できるくらい回復した。熱のせいで記憶がうろ覚えであるステラに安堵したツェルトは、学校帰りに再び屋敷へと寄り道をすることを彼女に話した。

 ステラは当然知らないことだがあの後、食器を下げに言ったツェルトは使用人達から謎の男の正体について聞かされたのだ。


「どうしたのよ、ツェルト。そんな怖い顔して、なまはげみたいよ」


 ツェルトの未来の行動が予測できないステラは疑問を当然抱く。


「なまはげがどんなものか知らないけど、大丈夫だステラ。ちょっと分をわきまえない居候とっつかまえて仲良くなるだけだから」

「メデッィクの事? 薬学に興味でもあるの」

「まあな、あるある。ステラはいつも通りにしてて何も気にしなくていいからな」


 ツェルトはとても友好的そうは見えない表情を顔に付けながら、放課後に屋敷へ足を運び、ステラにちょっかいをかけることなく、獲物を探して建物内を練り歩きまわった。


 数分後、なまはげ化したツェルトは目的の人物を見つけて……。


「あー、どうすっかな。例の惚れ薬があんな薬だったとは、気化したのを吸い込むだけで効くなんて……。確かに弱った所をつつかれると、コロッと行きやすいのが人間ってもんだけど。まさか惚れ薬を作るつもりで超風邪薬を作るなんて。ホルスさんも抜けてるよな、まったく」

「……なあお前、ちょっと話、聞かせてくれよ」


 問題の超風邪薬とやらを作った研究者の肩を優しく叩いてお話した事はステラの知らない事だった。


 その日の夜、何故か盛大に顔を腫れあがらせたメディックが泣きながら今までステラに送りつけてきた分の薬品の回収を申し出る事になったのだが、その原因は分からない事だった。


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