第18話 強くなり過ぎた弊害



 校舎裏で起こった事も、忙しい学校生活で数週間もすればステラは忘れかけていた。


 そして、学校生活一年目のメインイベントがやって来た。


 野外訓練の授業だ。





 というわけでステラ達は学校の外を歩き、小さな山の麓に向かっていた。


 ステラは視線を落として自身の格好を見つめる。

 山歩きでスカートは無茶な服装だ。

 どんな虫に噛まれるか分からないし、でっぱった木の根や石などで怪我をするか分からない。

 なので、この日はいつも着ているものではなく、下は橙色の丈夫な生地のズボンを着用している。


 剣を握って強さだの何だの追い求めて生きてきたが、領主の娘として、それ以前に女性として、格好にはそれなりに気を使ってきた。なので今はちょっと新鮮な心地だ。


「はーぁ、不安だなぁ。うまくやれるか心配だよ」


 慣れないズボンの裾を気にしながら歩いていると、横にいたニオがため息をついた。


「そんなに思い詰める事はないわ。先生達だって見てるのだし、失敗したって死ぬわけじゃないのだから、肩の力を抜いて普段通りに頑張ればいいのよ」


 メインイベントだけに、今回の授業は結果の優劣が成績にかなり影響する。なので、周囲を見回せば生徒たちは皆その事を気にして、憂鬱そうな表情をしているのだ。

 ニオは、そんな彼らと同じく成績の点数を気にしている素振りだ。

 彼女の励みとなればと、言葉をかけたのだが。


「将来の道は懸かってるけどね。命が懸かってる懸かってないで、緊張するかしないか分かれるとか……、ステラちゃんって一体どんな人生送ってきたの?」

「ごく普通の人生よ。少し人質にされたり、魔物と戦ったことはあるけれど」

「うっそだぁ、おかしいよ。色々、大丈夫?」


 不発に終わったようだ。

 もっと色々あるのだがありのままを話すわけにはいかないし、それにラノベ的な主人公とくらべれば断然に少ない方だと思うのだが……、話を聞いたニオは信じられないと言った顔だ。


「そういえば、聞いた? この山って何か最近幽霊が出てね、女の人を攫っちゃうらしいよ」

「そう、巨大化した野生動物か魔獣でも住んでるのかしらね。怖いわね」

「人間とは思えない邪悪な人相してたみたい」

「幽霊や動物だったら少なくとも人相ではないわよね。霊相、獣相とかかしら」


 ステラに気を使わせるばかりなのを悪いと思ったのか、この手のスポットによくありそうな噂話をし始めたニオ。

 だがそれらに冷静に答えていくステラの受け答えを聞いたニオは、先ほどまでの不安とは違う不安を抱えて微妙な顔になる。


「……ステラちゃんって、ニオ以外に友達いる? ちょっと心配になってきたよ」


 真面目に答えたのに何故かこちらにダメージが入ってくるようなやりとりだ。


 友達ぐらいいるわよ、失礼ね。


 そんな話をしながら歩き、ステラ達は目的地に到着した。

 息をつき、汗をぬぐう生徒たち。

 一息ついたのを見計らって教師の説明が入る。


「いいか、話すぞ、聞いてるな? やる事は学校でも説明した通りだ。この山の頂上にたどり着くまでにかかったタイムを競う。途中でトラブルがあった場合は笛を鳴らすか魔法を使うなりして自分の位置を知らせろよ。すぐ行くから、その場をできるだけ動くな、分かったか?」


 そんなような感じで、生徒達がちゃんと聞いているのを確認しながら、教師達は細かな注意事項へと話を進めていく。


 最後にもう一度説明がされた後、班ごとに分かれてステラたちは山に入った。






 一方、山に放たれて数分経った頃、ツェルトは数人の男女と共に歩きながらため息をついていた。


「何で、俺、ステラと同じ班じゃないんだよー……」


 心の底から残念そうに。


 その言葉を聞きつけた同じ班の女性が、呆れたように言葉をかける。

 白い肌に、黒目黒髪のすらりとした体格の長身の人物だ。


「仕方ないだろう、奴の尻尾を掴むにはこうするしかなかったのだから」

「ステラが足りない……」

「いい加減、しゃっきりしろ!」

「へぶっ」


 男言葉で話すその人物は、なおもぶつぶつと言葉をいい続けるツェルトの頭に狙いを定め、己の手を使って思いっきり叩いた。


「気持ちを切り替えろ。我々のやる事はこれからが本番だろう」

「そりゃ、そうだけどな。分かってるけどな」

「分かればよろしい、これからも分かっておけ」

「横暴だよな」


 ステラの優しさが恋しい。

 彼女は怒りはしても、理不尽な理由で暴力に訴えることなんてないのに。

 ツェルトは脳裏に幼馴染の顔を思い浮かべつつ、彼女とは正反対の性格であるその女性……リートへと質問する。


「しっかし、何でリート先輩が一年の行事に我が物顔で参加できてるんだよ? 二年生のはず、だよな、始業式のとき二年の教室で素振りしてたし」

「気にするな、誰かしら秘密というものはあるものだ」

「そりゃ、あるだろうけど。こんな意味不明な秘密、聞いた事ないぜ」


 かなり気になる所ではあるが、他にも聞かねばならない事があった。

 はぐらかされて腑に落ちないままの謎はひとまず脇へ寄せて、本題へと移る。


「そんで、俺達が気にしてる例の奴は今どこにいるのか目星ついてるんだよな」

「当然だ。これから皆で手分けして捜索に入る。組み分けをするぞ」


 班の女生徒、リートの言葉を聞きながら心の中で呟く。


 何でこんなことになってるんだろうなぁ。

 ステラの傍にいるって約束したのにな。





 ツェルトとは別の班、ステラのいる班は順調に進んでいた。

 メンバーはステラとニオ、そして同じクラスメイトの者が数人。

 こういう時真っ先にステラの班に入りたがるツェルトは、どういうワケか今回は別の班になっている。


 声をかけようかと思ったが、出発前に何やら真剣な表情で一緒になった班のメンバーと話しをしていたので結局一言も話すことなくスタートしてしまった。


「ステラちゃん、ひょっとして焼いてる? ツェルト君が話してたの女の子だったもんね」

「そんなことないわよ」

「珍しい髪の人だったよね。でもあんな人クラスにいたかな、おかしいな」

「どうかしらね」


 ステラとしても記憶にない女性とのことは引っかかったが、ニオへの返事は意に反して素っ気ないものとなった。


「あれれー、もしかしてステラちゃんホントに焼いてる?」

「そんな事ないわよ」

「またまたぁ、すっごく気になってるくせにぃ。……あ、待ってよステラちゃーん」


 道中思いだしたように入るニオの詮索はちょとうっとおしかったけど、野外活動は概ね順調だった。

 途中で出くわした熊や蛇などもすみやかに撃退。慣れない斜面に少しだけ体力を使ったものの、目立ったトラブルが発生することはなかった。

 このまま何事もなく行けるかと思ったが、そんなわけなかった。


 ……こういう時に限って起きるのよね。


「ニオがいなくなった……」


 ニオの姿がいつの間にか見えなくなっているのだ。

 何の前触れもなく忽然と消えてしまった。

 周囲を見回してみても彼女が姿を見せる気配はない。心配になったステラ達は周囲を手分けして捜索する事にした。


「どこいったのかしら。ニオ、いたら返事をして!」


 名前を呼び掛けながら進むこと数分、ステラが他のメンバーから視認できなくなるまでに離れた瞬間、何かが飛んできた。


「っ!」


 それを難なく回避する。

 飛んできたのは、柄の部分に紙の張り付けられた短剣だった。


『仲間を返してほしくば、この場所に一人で来い」


 それが紙に書かれた内容だった。簡単な地図も添えられている。


「土地勘のあまりない場所で、人質付きで待ち伏せ……。圧倒的にこちらの不利ね」


 苦戦は必須。

 とはいえ行かないという選択肢はないので、足を向けるしかなかった。

 他のメンバーにさらなる心配をかけることを心の中で詫びつつも、一人で地図に記された場所へ向かう事にした。


「幽霊の話と何か関係があるのかもしれないわね」


 こういうことなら、もっとニオの話を聞いておけば良かった。

 ストーカー対処の情報収集はしたのに、どうしてこの場所の情報収集を怠ってしまったのだろう。

 あの時この野外授業を軽く見たのは二オを元気づけたかったというのも本当だが、きっと慢心もあった。なまじ他の者より修羅場慣れしていたせいで、少しばかりついた度胸で勘違いしてしまったのだろう。

 気を引き締めていかねばならない。


「待っててニオ、必ず助けるから」


 だが、そこまで分かっててもなお、他の人の力を借りるという選択はステラの脳内には無かった。


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