第41話 ――いつか望んだ明日で――



 どうすれば彼に勝てるだろう?

 私もツェルトもレイダスには勝てない。

 二人で戦えば勝算がないこともないだろうが、ステラは手負いだ。本来の実力を出し切れるかどうか怪しかった。


 両親に怪我の治療をされて、メディック特製のやる気の出る薬を怪しみながらも一気飲みしたりしている間に、エルランドが話しかけてきた。


「ステラさん、少しじっとしていてください。精霊魔法をかけますから」

「あ、ありがとうございます。これは?」

「身体能力を少しだけ強化しています」


 そういえば彼も精霊使いだったな、と思いだす。


 そこに話しかけてきたのは、いつかフェイスの夢に捕らわれていた時に、彼を捕縛していた女生徒リートだ。


「ツェルト・ライダーが入れ込む娘がどんな人物かと思えば、意外と普通の女子(じょし)なのだな」

「あなたが今まで色々ツェルトの手助けをしてくれていたのよね」

「そうだ。焼いたか?」

「いいえ、ありがとう。感謝してる。とっても助かったわ」


 直球な物言いをするリートに素直に感謝の言葉を伝えれば面食らったような顔をされる。


「訂正だ。やはりお前は変わっているな」


 さて、準備は万全とは言い難いが整った。

 ステラは決着をつけなければならない。


「皆、知恵を貸して。力の強い相手と戦って勝つためにはどうすればいいか」





 ツェルトと相対するレイダスはイラついていた。

 相手が実力を出し切れていないことに。

 まだこの間戦っていた時の方が強かった。

 強い相手と戦えることができるかもしれないと思っていただけに落胆は大きくなった。


 だから、


 この戦いが終わったらこいつに留めは刺さないでおこう、とそう思った。

 そして倒れたこいつの目の前で、あの女をめちゃくちゃに切り裂いてやるのだ。

 そうすれば少しは楽しませてくれるだろう。

 こそこそしているばかりで自分から戦おうとしなかったフェイス。ヒントはそいつから得た。目に入れても不快なだけの存在かと思っていたら思わぬものを運んでくれたようだ。

 大事にしている女を傷つけられたられた時のこいつの力は良い。

 殺意と敵意に凝り固まった剣は心地いいほどに重くそして鋭かった。


「喜べ、お前が負けたらあの女を原型が分からなくなるくらいの肉塊に変えてやる」

「そんなの……!! させっか、よっ!」


 試しに挑発してやればこの通りだ。

 単純でいい。

 反乱勢力への情報を集める為に貴族になるくらいの立ち回りの良さを見せる癖に、女の事になるとこれだ。


「はっ、安心しろよ。別れの言葉くらいは言わせてやっからよ。足手まといになってごめんなさい、女の分際で剣なんか握ってごめんなさい、ってな感じになぁ!!」

「お前っ、ステラを馬鹿にすんな!!」

「いけない、挑発にのっては駄目だ!」

「駄目です、ツェルトさん!」


 怒りのままに剣を振るうツェルトにクレウス達の制止は届いていない。その姿を見て、レイダスは気分を良くする。


「馬鹿が、剣筋が見え見えなんだよ」


 だがマシになったとはいえ所詮は短距離走だ、元から疲労を募らせていたツェルトに勝算などなく、致命的な一手を許す事になった。


「う……ぐ」


 満身創痍の状態で地面の上でうめくツェルト。

 だがそこに、新手が飛び込んでくる。


「ツェルト兄様!」

「あれしきのことに心を乱すようでは、まだまだですな」

「お前ら何で、ヨシュア、それにレットまで……」


 小柄な少年は雑魚。だが老人の方は、見ただけでもその道の達人であることが分かった。

 楽しく遊べそうだ。


「はっ、うまそうな獲物が向こうから来やがった」


 剣を打ち合わせ命のやり取りをする。

 判断を間違えれば、即刻あの世行きだろう状況にレイダスは興奮していた。

 心臓が高鳴り、全身の血が脇踊る。


 俺は思い出した。

 ずっとこの瞬間を待っていたのだと

 俺が確かに生きていると感じられるこの瞬間を。


「我らも続け!」


 隙を見て外野の兵士共から魔法が打ちこまれ、矢を射られる。

 冗談みたいな死のあふれる戦場、それらはより一層レイダスを興奮させるだけだ。


 だが、それも長くは続かない。

 最初に小柄な少年がやられて、次にクレウスと呼ばれた青年がやられれば均衡は一気に崩れた。

 息を上げる老人を庭園の地面に転がすのにそう時間はかからなかった。


 レイダスは残されたツェルトへ向き直る。

 残るのは一人、いや……まだ二人だったか。





「これ以上好き勝手はさせないわよ」

「ステラ」

「大丈夫だから、ツェルト。私を信じて」


 ステラとツェルト。

 二人は共に並び、レイダスへと向かい合う。


「わざわざそっちから肉塊になりに来たってわけか」

「そんなものになるつもりはないわ。戦ってあなたに勝ちに来たに決まってるでしょ」

「はっ、万が一にでも勝てるとでも思ってんのか」

「勝てるわよ、だって皆ここにいるもの」


 そう言ってステラは勇者の剣を出現させる。


 ステラはその剣を手にして相手の動向に気を配った。


「やっとかよ、周りの人間なんて気にせず最初っからそいつに頼っとけばよかったんだよ、そらぁっ!!」

「はああっ!!」


 レイダスとステラの再戦だ。二人は互いの剣を交えて戦う。

 今のステラは全力回復とまではいかないだろう、だがそれでも今夜の戦いが始まる前よりずっと体が動く気がした。


「おらおらぁっ、剣出すんなら力をもっと引き出してみろよ」


 勝敗の見えた戦いにレイダスの剣筋が荒くなるのが見える。気の緩みだ。

 手ごたえのある、だけど自分より弱い敵と何度も戦いあった彼はきっと今慢心しているだろう。

 彼の攻撃は、次第に大振りになっていく。

 さっさと終わらせようとするその心理が、ステラ達によって意図的に作りだされたものとは知らずに。


「ぐ……」


 声をもらして先に倒れたのはツェルトだ。当然だろう。今まで碌に回復もせず休みなしに剣を振るっていたのだから。


「本命がこれじゃ、もうしまいだな」

「そうね、そろそろ決着をつけさせてもらうわ」


 一息つき、今まで隠していたその技を行使した。


「勝つのは私達よ!!」


 威圧だ。

 洞窟のときでは使うタイミングがなかった、王宮での最初の戦いの時も使う前に勝利して(……と思わせる彼の演技に騙されて)しまったから、彼がこの技の存在を知ることはなかったのだ。


「な、ん……」


 硬直するレイダスへ向かって思いきり地をける。そして勇者の剣を相手へ振り被り……。


「ただしそれは私じゃない……」

「ああ?」


 ステラはその剣を手元から消した。

 疑問に思ったレイダス。

 

「俺が、やるんだよっっ!!」


 そして、次の瞬間には、消えたはずの勇者の剣が動けない状態だったはずのツェルトによって振り抜かれ、レイダスの背面を切りつけていた。


 だが、それでも彼は驚異的な力を発揮してその場で踏み留まる。


「これでも!?」

「こ……んな、小細工に倒れてたまるかぁぁぁぁ――――っ」


 ステラの叫び声に、瞬間に身を前に倒して致命傷になるのを回避したレイダスは嘲笑を返す。だが。


「さすがね、でもこれで終わりよ。ヨシュア!!」

「うあぁぁぁぁぁぁっっ!!」


 勇者の遺品によって死角から出現したヨシュア、彼が雑魚と評した少年によってレイダスは腹を貫かれたのだ。


「がぁっ……!!」


 赤い鮮血をまき散らしながら、レイダスは今度こそ倒れ伏した。





 起き上がる気配はない。ついた決着を目にして、安堵する。

 そして体の力の抜いてしまいその場に倒れかける。


「姉様!」

「お、ととと……ステラだいじょ、うわっ!!」


 それを支えようとしていたツェルトも同様に倒れこんでしまい、結果、ステラはツェルトを下敷きにしてしまった。


「ご、ごめんなさい」

「いや、俺これでいいかも。ちょっとの間だけこうさせてくんね?」


 慌ててどこうとするがそんな事を言われ、先に倒れこんだツェルトに抱きしめられれる。


「ちょっ、ちょっと」

「ご褒美ご褒美、ステラの意を汲んで動いてあげた俺へのご褒美」

「もう……。何だかこんな軽いやり取り、久しぶりにした気がするわ」

「そうだな、凄い久しぶりで俺手加減できなくなりそう……」

「手加減って、何の? でも何にせよ」


 ステラはツェルトへと満面の笑みで微笑んだ。


「生きてるわね。私達」

「ああ、生きてるな」


 互いに泣きそうな顔をしたまま、そのままの体勢で見つめ合う。


「姉様もツェルト兄様もひどいです。僕も頑張りましたよ」

「よ、ヨシュア。忘れてたわけじゃないわよ。ちゃん覚えてたから」

「ああ、ちゃんと分かってて無視してた。俺は」

「ちょっと、ツェルト、余計な事言わないで」


 そんな事を言い合っていると、眩しい光が庭園を照らし出した。

 朝日だ。

 空は新しい一日を迎えて白み始めていた。


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