第23話 夢の檻



 そんな感じでニオの指導の元に行われたテストは、必死の努力の甲斐もあって無事にクリアできた。

 頭を使う方の慣れない勉強漬けの日々を終え、テスト終了の声を聞いたのあの瞬間の解放感といったら……。どんなに言葉を尽しても言い表せそうになかった。


 自分達の事以外での唯一の心配事と言えば、二人の面倒を見ていたニオの成績に悪い影響が出ないかだったが、直後のすっきりした様子から想像するにどうやら杞憂のようだった。

 逆に予想より点数が上がったみたいなので、足を引っ張らずに済んで良かったと思う。


「実技のテストも余裕でクリアできたし。今日くらいはハメを外しても構わないわよね」


 両手にいくつかの箱をもって、廊下を歩く。

 中には他のクラスの授業で使った道具が入っている。


 テスト終了後、先生に言いつけられた用事だ。さっさと消化してしまう為にと、自然と早足になる。

 校内を歩いていたステラは、これからの予定を頭の中に思い浮かべていた。


 これから、先に校舎を出て校門のところで待っているニオやツェルトと合流し、町のいろんな場所に行って遊ぶ予定なのだ。


「甘味処は外せないわね。後は最近ニオが見つけたらしい可愛い小物屋も覗いてみたいし、ツェルトはどこに行きたいのかしら」


 これから足を向けるであろう場所の候補を一つずつあげながら、ウキウキとした心地で学校の廊下を歩いて、目的地へと向かう。


 そんな風に心をどこかに飛ばした状態のまま、ステラは部屋へとたどり着き、ドアを開ける。

 ここに先生に頼まれた道具を置いて去れば、終了だ。


 そう思った瞬間、ステラの体は硬直した。唐突だった。前触れなどあるはずもない。


 ……動けない。


「……っ。何、これ」


 ステラの体は、どんなに頑張っても指の一本も動かせない異様な事態に見舞われていた。

 そしてそんな状態のステラを追いこむように、こらえきれない程の頭痛が発生する。あまりの痛みに立っていられなくなり、ステラは床へ膝をついてしまう。


「い、一体何が……、どう……して……」


 強くなるばかりの頭痛の影響なのか、ステラの意識は朦朧として視界がぼやけてくる。

 混乱する思考を置き去りにして症状は悪くなる一方だ。

 ついには膝をついている事すらできずにその場に倒れこんでしまった。


 その身動きの出来ないステラの前に、ここにはいるはずのない人物が近づいてくる。


「そ、んな……っ……!」


 ここしばらく姿を消していた人物の姿を視界に入れて、動かない体を強引にでも動かそうとするが、意思に反してまったく動いてくれない。


「どう……し……、誰……か、……ツェル……、」


 その人物が見下ろす中。

 その場から逃げだす事もできずに、ステラは意識を闇に飲み込ませていった。





 校門のところで待ちぼうけをくらっているニオとツェルトは、首をひねっていた。


「ステラちゃん遅いね」

「もう結構経つのにな……」


 いつまでたってもステラが現れない。

 下校していく生徒が段々とまばらになってきたのを見てとり、ニオはツェルトへ提案した。


「どうしたのかな、様子見にいった方が良いかもね」

「そうだな。ステラだし、ひょっとしたら、他の困ってる奴に泣きつかれて第二、第三の頼まれ事とかしてるかもしれないし」

「あー、それありそう。先輩になったステラちゃんって、一年生の子達からみたら頼りがいのある人に見えてるらしいからね。実際勉強以外なら頼りになるし」

「来年ヨシュアが入学する年になったら、二学年分の後輩に囲まれて頼られ事のオンパレードになりそうだな……」

「ヨシュア君ってステラちゃんの弟さんの? そっかぁ、来年来るんだ」


 会話しながらも二人の脳内にはその場で待ち続けるという選択はないらしく、下校する生徒の流れに逆らって校舎の中へと戻っていく。

 そこに対面からやってきて声をかける者がいた。


「ツェルト、立ち止まって私の話を聞け」


 命令口調で言葉を放つのは三年の黒髪黒目の女生徒、リートだった。

 横にいるニオに挨拶するよりも先に、本題を口にする。


「お前に関係のない良い話と、お前に関係のある悪い話がある。どちらから聞きたい」

「えっと、ツェルト君、誰この人」

「うんうん、その気持ち分かるな。リート先輩って挨拶とかより、自分の言いたい事言う人だから」


 高圧的ともとれる態度を示すリートにニオは少しばかり警戒しているようで、一歩分身を引いた。

 だが、初対面の人物がいるにも関わらず、始めましての一言も口から出ない先輩の言動にツェルトはもう慣れてしまっていた。


「それで何の用だよ、って何かの話か」

「よし分かった。悪い方から言ってやる」


 何も選んでないし、先のリートの質問に関わる返答はしてない。

 ツェルトはそう思ったが言っても無駄なので口には出さなかった。


「フェイス・アローラがこの近辺で目撃された。それで、良い方だが奴の被害にあった女性の何人かが目を……」

「あ、ツェルト君!」


 リートの口から発せられた内容を全て聞かない内に、ツェルトは走り出していた。





 ありえない人物と再会してすぐ倒れたステラは、気が付つくと見知らぬ場所に立っていた。


 そこは牢屋だ。

 鉄の棒で外と区切られた狭いスぺ―ス。

 そんな部屋の中には、ステラの他にもたくさんの人が収容されている。


「ここは……」


 痛みの残る頭を軽く振って、周囲を観察する。

 皆、簡素な服に身を包み、両手には両足には鉄の輪がはめられている。

 もっと情報がほしいと自分の姿を見下ろすと、そこには見慣れた学生服はなく周囲の者と同じ様な服や鉄輪があった。


「どうして私こんな、犯罪者が入れられるような場所にいるの?」


 疑問を口に出すと、近くにいた男がそれに答えた。


「入れられるような……じゃなくて、そうなんだ。何だお前、寝ぼけてるのか?」

「寝ぼけてなんて……」

「ここに来た当初は、濡れ衣を着せらたれんだとか喚いてたのに、記憶がなくなるぐらいここの暮らしはショッキングだったか?」

「濡れ衣……、一体何を言って」


 訳が分からなかった。

 もっとくわしくその男に話を聞こうとステラは口を開きかけるが、聞きなれた声に遮られる。


「おい、お前ら、労働の時間だ。牢から出ろ」

「ツェルト……?」


 牢のむこう側に、見慣れぬ服を着た彼が立っていた。

 ステラ達が着ているような服ではない、位の高い人物が着るような仕立ての良い服だ。


 どうしてそんな服を着て、こんな場所に?


 聞きたいことが色々あったのに、聞けなかった。

 ツェルトの瞳があまりにも冷たかったからだ。

 今まで長い時間彼と過ごしてきたが、あんな目は一度も見たことがない。


「さっさとしろ。手間をかけさせるな」


 牢が開けられて、中にいた囚人たちがゾロゾロと出ていく。


「あ、ツェルト……」


 近寄って名前を呼ぶものの、どう会話をつなげていけばいいのか分からず、言いよどんでしまう。


 次の言葉が出せなでいるステラ、そのまま立ち尽くしていると、頬を衝撃が襲った。


「ぇ……?」


 至近距離からの、まったく予想してない一撃。ステラはよろめくばかりでなくその場に尻もちをついいてしまう。


 今、ツェルトに殴られた……?。


「ツェルトじゃないだろ。何、気安く呼び捨てにしてくれてるんだ? ツェルト様、だろうが」

「い、いたっ」


 乱暴に紙の毛を引っ張って立たされる。


「どうして……こんな」


 ステラの知っている彼とはあまりにかけ離れた目の前の人物は、ただひたすら衝撃だった。


「煩い、さっさと歩け」


 わけがわからなかった。

 一体何がどうなってしまってるのだろう、と思う。


 だが、また同じ事をされてはたまらない。

 問答無用の口調にステラは否応なく他の者達と並んで歩かされた。


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