第24話 大切な場所にいる人



 いくら待っても現れないステラ。

 心配したツェルトは二オと共に学校の中に戻る事にした。

 そこに現れたリートによってもたらされた情報は不穏なものだった。


 胸中に沸き起こる言い表しようのない嫌な感覚にせかされるまま、ツェルトは校内を足早に移動する。

 しかし肝心の彼女は見つからないままだった。


「どこにいるんだ、ステラ」

「ちょっと待ってよ、ツェルト君。まだ何かあったって決まったわけじゃ……」

「いや、たぶん何かはあった。さっきから変な感じがするんだ」


 己の中に生じている違和感を元にそう言えば、ニオは訝しそうな表情をする。


「俺とステラの心は繋がってる。ステラの精神に何かあったら、俺にはそれが分かるんだ」

「えっと、それって精神論的な何か……? それとも具体的な?」

「くそっ、移動の力も使えないし、ステラの精神に何か変な影響が出てる……」

「初耳なんだけど、ニオが聞いちゃって良かったのかな……」


 隣にいるクラスメイトに説明する事なく、自分の世界に没していく。

 ツェルトが持つの瞬間移動の力は、精神に繋がりのあるステラを起点として使うものだ。

 なので、ステラ自身の精神に何らかの影響があった場合使えなくなってしまう。

 だから自分達は現在、こうして探し回ることぐらいしかできないでいたのだ。


 あてもなく焦燥にかられるままに校舎内を捜索していると、二オが引き止める。


「待ってってばツェルト君! 歩き回ってるだけじゃ意味ないよ。冷静になって考えなきゃ」

「だけど!」

「私だって心配なんだから! ツェルト君がステラちゃんを大事に思ってるなら、ちゃんと頭冷やして」

「……悪い」


 真剣な表情をしたニオの言葉を聞いて、ツェルトは自分が頭に血が昇っていたことに気が付いた。知らぬ間に乱れていた呼吸を落ち着け頭を冷やす。


「下校中だけど少なくない生徒達が、まだこの建物の中にいる。皆の目を完全に欺いて学校の外に出るとは考えにくいよ。だから校内のどこかにいるはず……」

「その中で、誰も寄り付かずに人目に触れなさそうな所か……。そういえば頼まれた用事があるって言ってたよな」

「場所、絞れたね。手分けして探そう。でももし相手を見つけても、即特攻はやめてね。事件だった場合、前みたいにレイダス先輩とかが襲ってこないとも限らないし」

「そうだったな」


 その可能性にツェルトは納得する。

 あの先輩は強者と戦う事に意義を見出している節がある。

 事件が起きているなら、そこにレイダスが出てくるのは十分考えられる事だった。

 だが、認めたくはないが実力が違いすぎる。一人では決してあの男には適わないだろう。


 自分の力の未熟さに苛立ってきそうだが、それはそうとして言うべきことは言っておく。


「お前があいつの友達でホント助かったぜ」

「えへへ、もっと二人ともニオの事頼ってくれてもいいんだけどね。勉強以外でも役に立てることは色々あるかもだし」

「ま、程々にな。これからも何かあったらそのつもりで頼らせてもらうよ」





 一方、ステラはというと……牢屋を出た後、周囲の人達の動きに合わせて別の部屋へと移動しているところだった。


 先ほどは混乱していたが、今は冷静だ。

 恐らく寝ぼけてでもいたのだろう。

 自分の置かれた境遇を一時ですら忘れるなど、気が緩んでいる証拠だ。


 貴族の殺人という濡れ衣を着せられた自分は、この牢屋に入れられて今日でちょうど一週間が経つ。

 来たばかりの頃は右も左も分からず、毎日が苦労の連続だったが。最近は順応して慣れたものだ。

 ステラは現状を受け入れ、冷静に自分の成すべき事を考えて過ごしている。

 魔物や夜盗と戦う事はあっても冤罪と戦う事になるとは思わなかったが、予想外の自分の適応能力だ。


 今は何とか外部の者と連絡する手段を探したり、他の囚人達と(物理的な手段で)仲良くなったりして、少しでもこの状況を良くしようと知恵を絞っているところだ。

 

 環境が変わっただけ。

 自分はどんな場所でもやっていける。


 その思いが、気の緩みを誘発して、先ほどの混乱を招いてしまったのだろう。

 囚人に厳しいことで有名な、看守ツェルトの気を自分から引いてしまうなんて。


 そんな事を考えていると、移動する自分達を後ろで見張っているツェルトが、面倒くさそうに説明を始めた。


「これからする事はいつものアレだ。お前達には、魔物と戦ってもらう。上でふんぞりかえっている貴族達の見世物になりにいくんだ。当然、戦闘拒否した者はどうなるか分かってるよな。待つのは死だ。刑が執行される前に俺の手で殺されるだけだ」


 背後から届く冷たい声、死神の鎌を首筋に当てられているような感覚になり、ステラは身震いしそうになった。

 いつもと同じ声、なのにステラは納得できなかった。


 この人の声はこんなだったかしら……。


「己に課せられた役割を死ぬ気でこなせ、それができれば今日一日生きることだけは許してやる。せいぜい必死になるんだな」


 囚人など視界に入れるのも不愉快だと、彼の声音が語っている。


 相変わらず、好意の一欠片も抱けそうにない人間。

 その認識は変わらないはずなのに、違和感が拭えない。

 彼の事が気になって仕方がなかった。


 やがてステラは大きな部屋へと連れてこられた。

 天井はかなり高く、数十人が一斉に動き回るだけの広さも十分にある。


 彼はステラ達をその部屋に押し込んでさっさと部屋を出ていく。


「ここは……。そう、いつもの場所よね」


 一瞬自分がどこに来たか分からなかったが、すぐに記憶は戻った。

 日課……とまではいかないが、自分達はここである事をさせられるのだ。


「見世物にされてるのよね、私達って。確か賭け事も行われてるような事を聞いたけど……」


 視線を部屋の上の方へ向けると、壁の一部がガラスになっていて、向こう側が見えた。

 壁一枚を隔てた別の空間。下からではその部屋はわずかしか見えないが、お金のかけられた豪華な内装だと分かった。そこから数人の男女がこちらを見下ろしている。

 彼らの表情には皆一様にこれから始まる事への期待、圧倒的下位に位置する者を見下すような蔑みや嘲笑が刻まれていた。


「けっ、俺等は見世物小屋の動物か何かかよ」


 囚人たちの怨嗟の声が満ちる中、他の看守が入ってきて武器にできそうなものを運びこんでいく。


「逆らう事はできないんだ。何にせよ、戦うしかないだろうな」

「ちくしょう、いつか絶対にあいつらに復讐してやる」

「やめとけ、今は目の前の事をどうにかする事だけを考えた方がいい」


 作業が終わって、看守達が去っていくと入口の扉が音を立てて閉まってしまった。

 それと同時に入ってきた方とは逆にある方の扉が開き、そこからゾロゾロと魔物達が入ってくる。


 四足の獣……ウルフもいれば、赤い皮膚をして口腔から炎を吐きだしている……サラマンダーもいる、いつだったか森の中で見たトレントも混ざっていた。


 魔物達が接近してくる前に、ステラは運び込まれた武器の山にいち早く飛びつき、己にあった得物を手に取った。


 そして、


「はぁっ!」


 剣を手に、先陣を切って敵の集団へと駆けだしていった。


 なめないでほしい。

 この程度の事に恐れを抱く自分ではないし、倒れる自分でもない。

 幼い頃の自分とは違って、今は十分な実力を見につけている。

 数と種類をそろえた所で、彼と共に磨き上げた技の前には適わないだろう。


 彼?


 何故か思考にひっかかりを覚えたステラ。


 順調に敵を倒していくステラだが、その違和感が妙に気になって普段なら考えられない隙を作ってしまった。


 背中を取られる気配、慌てて振り向こうとするが間に合わない。


「しま……」

「おぉぉっ!!」


 だが、無防備になった背中をカバーしてくれる者がいた。

 フェイスだ。


 そうだ、小さい頃からずっと一緒に強くなってきた幼馴染の彼だ。


「大丈夫か?」

「ええ、ありがとう」


 私たちは背中合わせとなり、敵を迎え撃つ。

 この世界で彼ほど安心して背中を任せられる人間はいない。

 私は全幅の信頼を背後に預けて再び敵へと、突進した。


 危なげなく戦闘を終えると、心配そうな彼と視線が合う。


「怪我はないか?」

「ええ、貴方が私の背中を守ってくれたおかげよ」

「大切な君に怪我なんてさせたら、僕は自分が許せなくなるからね」

「大げさね。私がこの程度の敵に後れを取るわけないじゃない」

「そうだとしても気になるものだ」


 心配が尽きないと言った様子の彼に、ステラは安心させるように微笑みかける。

 心安らぐやり取りは、しかし再び現れたツェルトの高圧的な言葉に中断させられる。


「牢に戻れ、武器は置いていけ。今日の働きに免じて、価値のない貴様らにも生きる権利を与えてやる」


 再び部屋を移動させられステラ達は別々の牢へと戻っていく。


 この冷たい収容所の中でフェイスと話す時間だけが、ステラの心に唯一の温もりを与えてくれる。

 それは、この厳しい現実でステラが大切だと思える物の一つだ。


 ただ少し引っかかるのは、


「いつもより、息が合わなかったわね」


 いつもはこんなものではない、という……。


 彼に背中を預けた今日の戦いでの、ほんのささいな不調についてだけだ。


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