第19話 私の勇者



 指定された場所、洞窟にたどり着くと例のストーカーがいた。

 ニオは地面に横たえられている。名前を呼んでも動かないので肝を冷やしたが、かすかに呼吸音が聞こえてきてほっとする。気絶しているだけのようだ。

 怪我などは特に見られない。


「それで、これはどういうつもりなのかしら」

「逃げずに来たようだな。お前が悪いんだ。この僕に気にかけてもらいながら、好意を無下にするようなことをするから」

「別に無下になんてしてないと思うけれど。私には他にやる事があったし、校舎裏の件は正当防衛でしょう?」

「うるさい! 女なんて男の後ろに従っていればいいんだよっ、出しゃばるな!!」


 話をする以前に価値観が合わないようだった。それも誤解しようがないくらい修正不能な程の決定的さで。自意識過剰、慢心極まりなくて救いようがない。


「だから、ははは、こうやって自由を奪ってやるんだよ。動けなきゃお前なんてただの女だ」

「どうやって? あなたに負ける要素なんて……、……っ」


 ない、と言いかけて異変に気付く。

 言葉の途中で体が思うように動かなくなり、ステラは顔をしかめる。

 足元を見ると、魔法陣のような図形が彫られていて、地面から光が沸き起こっていた。


「人質のことで気が回らなかったようだな。まんまと罠にかかってくれた」

「っ……、これは……」

「呪術だよ。君の様なお上品な貴族様は知らない知識だろうけどな。対価を払うかわりに、強力な力を僕にもたらしてくれる」

「呪術……対価……?」


 発声したことによってかろうじて口だけは動かせるようだと分かった。


「そうだ、準備するのに何度もこの山に入らなくてはならなくて苦労したよ」


 そのストーカーの言葉に反応するように奥の方から何人もの女性が出てくる。


「彼女達の魂を捧げさせてもらった。必要な数が多くて本当に大変だったよ」


 それがニオのした幽霊の話の真相というわけか。

 負の感情に取りつかれて歩く彼の人相は容易に想像がついた。

 ニオの情報ソースとなった目撃者からすれば、さぞかしとんでもなくひどい顔に見えたことだろう。


 それにしても呪術か。

 そんなものがあるとは思わなかった。他の人々からそんな言葉を聞いたことは一度もないし、魔法関連の資料にも載っていなかった。

 禁止された魔法の類だからだろう。

 魂を捧げると言ったとおり、普通の魔法と違って力の行使に対価が必要なのだから当然といったら当然だろうが。


 男はじわじわとこちらへと近づいてくる。


「せいぜい泣いて、自らの行いを後悔するんだな」


 ゆっくりと男の手が伸びてくる。


「っ」


 ステラの頬に触れ、その肌をなでる。

 鳥肌が立った。

 顔を背けたいのに動かせない。

 言い表しようのない気持ち悪さが込み上げてくる。

 首筋をなでられ、耳元に顔をよせられて囁かれた。


「ああ、僕になびく女の顔もいいが、その生意気そうな表情もこれから歪むものだと思うと案外良いものだな」

「このっ、手を離しなさい」


 そのまま男の手は、襟元まで進み、服のはしに指を引っ掛ける。そこで衣服を両手でつまみ、少しづつ左右に引っ張っていく。こちらをいたぶるようにゆっくり、ゆっくりと服を破いていく。


「っ……やめなさいっ!!」

「その強気な態度がいつまで続くかな、試してみようか」

「っっ!」


 言葉と同時。

 力まかせに一気に上衣を引き裂かれ、胸元があらわになる。


「……っ、こんなことで私の意思がくじけるとでも思ってるの」

「思っているさ。現に君の声は震えている。気付いてないなど言わせない。それとも気づかないフリでもしていたのか? さっきだって悲鳴を上げかけただろう?」

「私は、貴方なんかに屈しないわ。名前すら覚えてないただの駄目男になんか……」

「何だと」


 ステラは冷静な様でもなくそう見せかけるので実は精一杯だった。己を鼓舞するために強気の言葉を放つが内心では怖くてたまらなかったのだ。それで、つい口をすべらせてしまった。

 ステラは相手の怒りに火を付けてしまった事に遅ればせながら気付く。


「覚えていない、だと。この僕の名前を。このフェイス・アローラの名前を。なら、一生忘れられないように、最悪の思い出と共にお前の記憶に刻み込んでやるよっ!!」


 フェイスはズボンに手を伸ばし、服の上から軽く足をなでる。

 スカートでなくて良かったと思った。

 直に降れられなくてすんでいるのだから。

 だがそれでもこみあげる嫌悪感は抑えられない。

 ステラはその先されるであろう行為の想像に、息を飲んだ。


「……っ、いやっ。ツェルト!!」


 ステラが我慢できずに、拒絶の言葉を叫んだ時だった。


「うおぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーっ」


 足音もなく唐突に発生した聞きなれた声。

 彼がやってきた。

 剣を一閃、男は回避の為にステラから離れる。


 来た。

 来てくれた。

 あの時みたいに。


「ツェルト……!!」


 彼は駆けつけて来てくれたのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る