第15話 戦乱の世で生きてるつもり



 それから三年が経って、十五歳になった。


 ステラは今、白色を基調にした制服に袖を通し、橙色を基調にした自前のスカートを履いて立っていた。腰のベルトに視線を落とすと、金属部分には校章である剣の意匠が施されている。

 

 ……ついにこの時期になっちゃったわね。


 制服を着用している事からも分かるように、ステラは学校に通っている。


 ただそこは、普通の貴族の娘が通うようなお淑やかな所ではない。

 魔物を討伐する対魔騎士になる為の養成学校だった。


 両親を説得するのに骨が折れる様な思いをしたが、そうまでしなければならない理由がステラにはあったのだ。


 それは別に我がままだとかそういう事でも、騎士になりたいという夢があるという事ではない。私が前世でプレイしていた例の乙女ゲームの内容に関係する事柄だ。


 分かっているが、ステラは悪役令嬢だ。

 ヒロインである少女アリアと攻略対象の男性の仲を引き裂くという、悪役(アレ)。


 ゲームのステラは、貴族でありながら異能持ちで生まれてこなかった影響で、酷いイジメを受けて成長する。

 彼女の心はそのせいで盛大に歪みに歪んでしまい、異能持ちで人望もあり恵まれたヒロインが許せずに、イジメてしまうのだ。


 原作での最後はちょっと、いやかなりひどい。

 ステラとヒロインとの和解の場は最後まで設けられず、死んで物語は解決される。

 ゲームの中の出来事とは言え、同じ立場、同じ名前である自分がそんな最後を迎えるなどとは考えたくもなかった。(それに、死んで解決、命を粗末に考えているような結末を認めるわけにはいかない)


 ここで両親を苦労して説得した話に戻る。

 そういうわけなので普通にしていればヒロインと同じ学校に行くことになり、破滅が待っている未来へわざわざ近づいていくような行動をとるわけにもいかず、両親の反対を押しのけて説得し、地元にある田舎の学校を選んだのだ。


 今の所自分は、あのステラとは違う成長をしている。それは他でもないステラ・ウティレシア自身が一番分かっている事だ。

 だが、運命とか修正力とかいう力が存在して、どんな拍子で元の流れに戻ろうとするか分からない。違う学校に入ろうとも、そんな事を気にする自分が気が抜けない日々を送る事は目に見えている。

 なので在学中は妬みや憎しみとかからは距離を置いて、ひたすら自分の力を高めることに邁進しようとステラは胸に誓う事にした。


 とまあ、以上の理由で現在のステラは、屋敷から比較的近い位置にあって通学で不便しないという、割といい条件の学校に入学した直後なのだ。


 式が終わり次第、ステラ達はさっそく行動する。校舎の訓練室を借りて軽く模擬戦だ。


「いやおかしくね?」


 目的地へと向かっていると、隣を歩いているツェルトに突っ込まれた。

 この学校に入ると決めた時、彼も一緒についてきたのだ。

 まあ、ツェルトは剣の才能があるから騎士の学校に入るのは当然だろう。以前、夢の話も聞いた事だし。


 ただ気になるのが、もっと良いところは他にあったのに、どうして同じ所を選んだのかはよく分からなかったという事だ。彼にも何か理由があるのだろうとは思うが、聞いても教えてくれない。


「もっかい言うけど、おかしくね?」


 ステラはツェルトの言葉に対して答える。


「そうね、ちょっとおかしいわね」


 学校内にある訓練室の内部、観覧席にやって来て、順番待ちをしながら。


「やるからには常に本気、しっかりと本番を想定して練習しなくちゃいけないものね」

「そういう事じゃなくてな。いやぁ、おかしいよな。あれ、おかしいと思うの俺だけ?」


 何もおかしくない。


 それからもツェルトと要領を得ないやりとりをしてると、順番が回ってきた。持っていた札の番号を読み上げられ、名乗りを上げれば、他の生徒から「えっ?」とした目で見られる。ステラはその視線に首を傾げつつも、中央の開けたスぺ―スへと向かった。


 二人は常備されていた木刀を手にして向かい合い、構える。


「さっき入学式で、俺らたった今一年生になったばかりだぜ?」


 周囲の見学者や順番待ちの生徒は、ツェルトの意見に同意らしく、ぶんぶんと首を縦に振った。どうやら見慣れない顔である新入生の自分達に驚いていたらしい。


「何も上級生に交じってこんなとこに来なくても」

「善は急げって言うでしょ。さっさと始めましょう、時間は有限なんだから。それに、ツェルトだって私に黙って先輩に訓練付けてもらう約束してたじゃないの、聞いたわよ」

「げっ、聞かれてた。いやそれ当然って言うか、だって俺は男で、ステラは女だし……、いざという時、ごにょごにょ……。というかそれ一週間後の約束の話だろ?」

「男だからなんなの、女だからってそんな甘い事言ってたらこの世界じゃ生きていけないわよ」

「ちょ、ステラ……」


 ステラの過激な発言に「どこの戦乱の世で生きてるんだ」と周囲もドン引きしてる様子だが、早くも集中し始めてた彼女にその様子は見えていなかった。


「しょうがないなぁ。気が乗らないけど付きあってやるよ。ただし、俺が勝ったらお触り一回な。いくぞ」

「上等! って、へ? 今なんて言ったのよ、こらっ! どさくさに紛れて!!」


 殺伐とした会話から一転、痴話ゲンカをし始めた二人に周囲は今度は生暖かい視線を送った。


「らぁぁぁぁっ」

「やあぁぁぁっ!」


 だがそんなムードもまた徐々に戻り始めている。

 二人が行う容赦のない戦いに周囲は息すら忘れて注目していた。


「らぁ……っ、はぁ……っ、だぁ……っ」


 終止一貫して攻めの調子を崩さないツェルトに対し防戦一方のステラは形勢不利なように見える。

 実際、実力はツェルトの方が上だった。


「………っ、やぁっ!!」


 だが、時折攻撃を受ける彼女の防御に隙はない。ツェルトの手が途絶えた一瞬をここぞとばかりにねらう彼女の一撃は、形勢を覆しかねない際どいものだった。


「あれが、今年の一年生の実力かよ」


 そこには、ついこの間まで、生ぬるい生活を送ってきたはずの貴族の子供の面影は一切なかった。


 木刀を打ちあい、二人は息つく暇もない攻防を行う。だがそこに突然の乱入者が降って入ってきた。


 その人物は、黒紫の長髪に血の様に赤い瞳をした男だった。

 制服は着ておらず、盗賊と言われてもおかしくないような格好。全体的に触れたら噛みつかれそうな野生の猛獣のような雰囲気をまとわせている大きな体格の青年だ。


 練習試合中に強引に割り込んでくるその人物を前に、ステラの集中が途切れた。


「いた……っ!」


 そのせいで、受け流す事の出来なかったツェルトの一撃を手首にもらってしまう。


「ステラ!! ……くっ、お前いきなりこんな所に!!」


 こちらへ駆けつけようとするツェルト。

 だが、目の前に立ちふさがる乱入者のせいでそれが叶わないと知るや、眉根を寄せて抗議する。


「何だ、今年の新入生は面白そうなもんがいんじゃねーか、どうだよ、一戦俺とやってみねぇか」

「やだね! 礼儀知らずの馬鹿と交わす剣なんてねぇよ。そこどけよ」


 とても信じられなかったが、ステラ達に向かって新入生、と発言するからにはここの生徒なのだろう。

 見た目の年齢的には二十代には見えないので、教師ではないだろうし。


「どいてほしかったらどかしてみんだな」

「この……」


 一触即発の雰囲気になる中、二人が打ち合い始める前に急いで声を上げた。


「やめなさい、それを受けたら貴方まで同類になるわよ。それより、保健室に早く連れていってくれない? 手首が痛くてしょうがないのよ」


 一刻も早くこの場を立ち去るのが正解だと思いそう言ったのだが、そのセリフは予想以上にツェルトへのダメージが大きかったらしい。


「ステラ、ごめん……」

「そんな顔しないの、事故でしょ。先輩もいつまでもそこにいると、他の人に袋叩きにされますよ」


 なおもそこからどこうとしない乱入者であり先輩である男。彼に対してそう言えば、興がそがれたという様子でツェルトに位置を空けてくれる。

 慌てて走り寄ってくる彼の様子がおかしくて、こんな時なのに少し笑えてしまった。

 怪我なんて、普段の打ち合いの時だってしてるのに。

 でも、ステラが不注意で怪我をすることはあっても、ツェルトの攻撃で負うことはなかったのだ。その事実を思い出す。


「はっ、いつか実力を確かめさせてもらうからな」


 乱入者はツェルトだけに向かって発言して、その場を去っていく。


「ステラ、早く保健室に行きたいんだよな」

「え、まあ、そう言ったけど」


 こちらの様子を覗き込むツェルトの様子が何だかおかしい。

 見るなら私の顔じゃなくて、怪我の方でしょ?


「よし、とっとと行くぜ。捕まってろよ」

「えっ、ちょっ。きゃぁっ。何して……」


 次の瞬間、ステラは彼に抱き上げられていた。

 お姫様だっこだった。

 なにこれ、意味が分からない。

 ツェルト、おかしい。


「ちょっと、そこまでしなくても……」

「お触り一回!」

「あの試合、勝った風にカウントしてるの!?」


 中断試合なんて、ドローかノーカウントでしょうに!


「お、降ろしてよ。怪我したのは手首なんだから、こんな事する必要ないでしょ」

「えっ、聞こえなーい。手首が痛すぎて、まともに立って歩けない!? そりゃ大変だ」」


 聞こえないとか言いながら、聞いてる様な事喋ってるじゃないの、矛盾よ!


「ツェルト――――!」


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