第12話 威圧する貴族のご令嬢
馬の嘶きとともに馬車が急停車する。
危うく対面の壁に打ち付けられそうになったが、レットが支えてくれたおかげで怪我をせずにすんだ。
御者の慌てる声、そして外からは男達が上げる叫び声。一人二人ではない、十人……それ以上の声の数だ。
ステラは穏やかではない空気を感じ取った。
「野盗の襲撃……っ!?」
「そのようです。お嬢様は中に、決して外には出ないよう」
「レット!」
レットは扉を開け外と飛びだし、混乱している御者をステラ達のいる室内に放りこんで扉を閉めた。
夜盗の声に剣戟の音がすぐに交ざり始める。
心配でたまらなかった。外に出たかったが、アンヌや御者に必死の形相で止められては無下にできなった。
「ひぎゃあ、悪魔だ。悪魔がいる。こんな奴がこんな場所にいるなんて。俺、帰ったら真っ当な職業に鞍替えするつもりだったのに」
「こんなとこで盗賊なんてやってられっか、俺は逃げる」
「まってくれよ兄貴! 一人で逃げるなんてズリィ! 俺も連れってくれよ」
だが、耳を済ませてみると、妙な死亡フラグが立っている様子が聞こえてきた。微妙に緊張感のない空気。心配はいらないようでほっとする。
戦闘の終結はあっという間で、やかましく鳴り響いていた音が止んだ。
「もうよろしいですよ」
声をかけられてすぐ馬車からステラは飛び降りる。
「レット、大丈夫なの?」
「なに、後れを取る様な連中ではありませんでしたので、傷の一つも負ってませんよ」
彼の様子を確かめるが、言葉通りの状態でほっとした。
襲撃した盗賊たちは皆、白目をむいて地面に転がっている。
御者は突然の停止と騒動に戸惑っている馬をなだめにいったようだ。
「不幸な出来事でしたね、お嬢様。こんな時に狙われるとは」
「そうかしら、逆に幸運だったんじゃないかしら。この場にはレットがいるのだし」
辺りの様子を確かめるようにそろそろと降りてきたアンヌの言葉に、そう考えて言い返す。
護衛は連れているだろうけれど、お父様達や他の人だったら少し厳しい人数だったと思う。
その点、こっちの方は勇者の知人であるレットが同乗していたのだし。
ステラは地面に転がした連中が自由に動き回らないようにと、しっかり念入りに拘束しているレットの方へ向かう。
さすがにこんな時を見越して人数分のお縄を載せている、なんて事はないので。
ちょっと寒いだろうが彼らの衣服を頂戴してそれらしく代用していた。
「死んではいないようね。良かった」
「お嬢様……、差し出がましい事を言いますが過ぎた優しさは身を滅ぼす事になるかと」
「分かってるわ、それでも命は大切だもの」
彼らを見つめて言う言葉に、背中を向けたままのレットが忠告を返す。
ステラとて、自分の考えが甘いであろうことは分かっている。
武器を持って彼らがレットと戦ったという事は、こちらの命を奪いに来たということなのだから。
だが、それでも思うのだ。死んでしまったら、駄目なのだと。
人は死んでしまったら生き返らない、そこで何もかも終わりになってしまうのだ。
一度死んだ記憶を持っているステラは特に、強くそう思うのだ。
まあ、何となく間が抜けていて憎めなかったというのもあるが。
「お優しいのですな」
「いけない事かしら」
「さて、どうでしょうな」
てっきり厳しい事を言われるかと思ったのに、レットの目はどこまでも優しかった。
が、それもつかの間、その目が一瞬で厳しい物に変わった。
「む? お嬢様!」
「っ」
突如背後から矢を射られたのだ。
ステラはレットに抱えられて避ける。
間一髪だ。あのままあそこにいたらと思うとぞっとする。
「馬車の中へお戻りください」
「無理よ。分かっているでしょう。下手に動くと危ないわ」
振り返って見れば、いくつもの人影。
もうすでに多数の矢の標準にさらされているステラ達だった。
へたな動きをみせればその瞬間に、あの世へといけるだろう。
ステラ達だけならともかく、アンヌや御者も今は馬車を下りている。
自分の行動が他人の命の安否にかかっているともなれば、誰だって慎重にならざるをえなくなるだろう。
「……その様ですな、私の後ろから動かぬようお願いします」
身構える二人へと、夜盗達が近づいてくる。
「お嬢様、賊共が充分に近づいて来たら例の技をお願いできますでしょうか。私一人の力では少々不安が残りますので……」
「私達三人の安全を考えると確実性がほしいということね、分かったわ」
戦って勝つだけなら簡単だろうが、今は非戦闘員の存在がある。
彼がちゃんと動けるよう、ステラは例の技というものを使う為に気持ちを落ち着けた。
野盗達が十分な距離に近づいてきたのを見る。
彼らが何事か言おうと口を開く前にステラは口を開いた。
「――――誰に向かって武器を向けている。自覚しなさい!!――――」
その声に、盗賊たちは体をびくりと震わせて一斉に武器を落とす。
ここ最近の修行の成果。ステラの身に着けた新技「威圧」だ。
条件は、できるだけ偉そうに、かつ命令口調でする事。
原理はよくわからない。
おそらく悪役ポジションにいることが技の会得に影響しているのだろうが、役に立つし便利なので深くは考えないようにした。というか考えてしまったら落ち込みそうだ。
「さて、この人達も動けないようにしとかないといけないわね」
ともあれ、これで夜盗達からの危険は去った。
「領主としての貫禄がでてきたというよりは、これはもっと別の……」
背後からアンヌの感想が聞こえてきたような気がしたが耳に入れない事にした。
トワダ村
野盗の襲撃で時間を使ったものの目的地には無事に着いた。
そこは、美しい花の咲き乱れることで名のある村だ。到着したステラ達は馬車を御者に任せ、さっそく件の人物を探しに歩く。
ちなみに大人数の盗賊達はもちろん運べなかったので、村の自警団に連絡して彼らに任せることにした。
「始めて来るけど、素敵な村ね、ここは」
「ええ、そうですねお嬢様。とっても綺麗な景色ですわ」
屋敷での仕事の中で、実は一番花の手入れの仕事が好きなアンヌ。彼女は目の前の光景に顔を綻ばせた。
ここまでの道のりで危険な目にあったという事実から、元気がないようだったのでそれを見てほっとする。
風にのってくる花の香りを感じ、目の保養をしながらアンヌの情報をもとに村を進んでいく。
だが通りを歩いて気になったことがある。それは村の規模を考えても、通りにいる人が少ないような気がする、ということだ。
ステラの抱いたその疑問には、アンヌが答えを教えてくれた。
「カルル村での疫病の件が尾を引いているのでしょう。今はもうお嬢様とツェルト様のおかげで解決しましたが、原因は未だ解明されていないままですので警戒しているのでしょうね」
「人は、理由の分からぬにものほど、恐怖を膨れ上がらせるものですからな」
そういえば、結局あの事件の原因は分からずじまいであることを思いだした。
畑や水源となる井戸にも、取り立てておかしな点はなかったようだし……。
そんな事をつらつらと考えながら、アンヌの案内の元、薬を売っている人物のいる場所へ向かって歩いた。
少しした後にたどり着いた場所。
そこには家が建っていた。一見すると倉庫にも見える古びた家だ。
つぎ足した建材がいくつも壁を屋根を覆っていて、それらもどこかしら傷んでいたり、穴が開いていたりしている。
その家は、強風が吹いたらあっさり倒壊しそうなほど、ボロボロの見た目だった。
そんな今にも崩れ落ちそうな家の前には一枚の風呂敷が敷かれていて、何かの液体の入った小瓶が商品として陳列されていた。
視線を向けると近くには、無精ひげを伸ばした中年の男があぐらをかいて座っている。
この人物がアンヌの情報の、薬売りの男メディック・ハラーハだろう。
人の気配に気付いたのか顔を上げたメディック。
「なんだ、子供か。商売の邪魔だ………。それとも冷やかしじゃなくて、薬買うだけの金があるってのか……?」
「そうよ、例の薬を見に来たのだけど、これがそうなのかしら」
「何で平民の子供がウチの薬を買えるほどの金持ってるんだ……? この薬はそれなりに値が張るんだぞ」
なるほど、それなりの金額で売っているらしい。
訝しげな表情を見せるメディックは、次の瞬間さっと顔を青くして並べられた薬を手元へ掻き集めた。
「まさか、金を渡すふりをして盗むつもりじゃねぇだろうな……」
「そんな事しないわよ。今のところはね。とりえず一個私に売ってほしいのだけど」
「ああ? そんなこと言われて、はいそうですかと売れるわけねぇだろが」
どうやら男の中ではすでにステラ達は盗人になっているらしい。
「売りたくないってことは薬は偽物ってことなのかしら」
「んなわけねーだろ。さっきからベラベラと、生意気なガキだなおい」
メディックと名乗った男は立ちあがり、こちらを見下ろす。
「痛い目みたくないんだったら今の内に謝るんだな」
「謝る? 何を謝るというのかしら。怒るという事は図星を突かれたという事で良いのよね」
「この……」
「お嬢様!」
アンヌの悲鳴交じりの声。
物怖じしないステラの言い様に逆切れした様子のメディックは拳を振り下ろそうとする。
もちろん、当然避けたし、拳はレットに止められたのだが。
思いの他、強い力で腕を握られているのか男から呻き声が上がる。
「いてててて」
「骨が砕けてないことに感謝することだ。お嬢様どういたしますか」
「暴力については見逃すわ、今日の所はお父様には報告しない、お代置いて薬を貰っておきましょう。ちゃんと調べてまた後日ね」
「分かりました」
適当に放り出して大めに金額を払い小瓶を回収した後、ステラ達はその場を去った。
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