第33話 笑い合う未来を得るために



 現在のステラを取り巻く日常はお世辞にも良いとは言えないが、最悪でもない。

 人質は取られ貴族の身分は剥奪されてはいるものの、衣食住は保証されているのだから。

 だが王都に暮らす人々の状況は日に日に悪くなるばかりだった。

 何とかしたくても何ともできない。

 そんなもやもやとした心境ののままで、ステラは王宮での日々を過ごしていた。


 その日もやっかいな任務を片付けて王宮へと帰ってきたステラ達、だが達成の後の休息も碌に与えられずに次の任務が言い渡された。


「本当に、こき使ってくれるわね。勇者の剣を回収せよ……、ですって」


 ステラはその内容を他の仲間達に知らせる。この時期になると、実力が評価され部隊長に任命されていたからだ。ちなみにアリアやクレウス達も同じ隊の仲間で立場は部下となる。


 ステラの命を助けた先代勇者。

 彼はこの王宮の騎士団の一員だったが、ステラがこの場所に配属されて少し後、魔物の巣で戦って命を落とす事になってしまった。


 あの時、無理にでも時間を作って会わなければきっと後悔していただろう。

 尊敬していた人物が亡くなるのは良い気分ではない。

 悲しかったり、寂しかったりで、しばらくは任務でミスをした。

 もっと色々な事を話したかったし過ごしたかった、と思う。


 さがだからこそ、その任務を前向きに受けることにしたのだ。落ち込んでいたステラを励ましてくれた仲間の事もあるが、彼の為に剣を回収できれば、少しはこの気持ちに踏ん切りがつくかもしれない……そう思ったからでもある。


 生きている内に恩を返すのが本当は一番なのだろうけど。


 その命を落としたであろう場所で放置されているはずの勇者の剣の回収任務。それが今のステラにできる恩返しだ。危険だろうが、必ず達成しなければならない。





 シュスナ平原


 騎士団専用の馬車を使い、半日ほどかけて魔物の巣へとたどり着いた。

 途中で立ち寄った村や町の様子は言わずもがな、自分にはどうすることもできないその無力さで胸が痛んだ。


 さっそく任務に取り掛かる。

 魔物の巣は見晴らしのいい平原の近くにあった。遠くには鬱蒼とした森が見え、その内部に生い茂る木々の緑よりも巨大な、ハチの巣のようなものが見える。それが魔物の巣だろう。

 視界の見通しは最悪に近い。何せ、見る景色すべてに魔物魔物魔物がひしめいているのだから。

 さすがのステラの冷や汗を流さずにはいられない光景だ。


 だが立ち止まっているわけにもいかない

 部隊の者に鼓舞を入れて、武器を手にし相手には威圧を放ってから、ステラ達は魔物達へ突進していった。


 先代勇者が命を落とした地だけあって、ステラ達も苦戦を強いられた。

 足を踏み入れるやいなや、四方八方から遅い来る異形の化物達に休む間もなく戦いを続けることを余儀なくされる。

 そんな状態で数時間も過ごせばだれだって集中力が途切れかけもするだろう。むしろここまでもつ事が出来たのは彼女等が訓練を積んだ人間だったからだ。


「はぁっ……、剣はどこなの! このままじゃ全滅してしまうわ」


 ステラは自らの剣を振り回しながら敵の猛威を捌く。

 疲労のせいで動きから普段の繊細さが欠けている。

 減らしても減らしてもなおも減る事のない敵を相手にしながら、必死に周囲に目を凝らすが、それらしいものはまったく見つからなかった。


「くっ、アリア! 大丈夫か。君に倒れられたら、部隊は持たない」

「大丈夫です、皆さんが頑張っているのに。私だけ倒れられません!」


 優秀な回復魔法の使い手であるアリアも疲労に負けまいと声を張り上げるが、立っているのがやっとの状態だというは誰の目にも明らかだった。

 魔法を連続仕様したときの精神の消耗によるものだろう。


 平民であるアリアが何故魔法を使えるのかというのは、彼女の出生の秘密に関わることであり、呪われた家系という、少々血なまぐさい話になってしまうがステラにとっては関係ないし、この状況で仲間の力を頼もしいと思いはすれども忌むなどという事はありえない。


 普通の者なら一時間も力を使い続ければ、倒れても仕方のないというのに彼女はその数倍の時間を持ちこたえている。

 彼女は疲れを見せつつも気丈に笑顔を繕い、周囲の怪我人へ回復魔法をかけていく。おそらく、もともと精神の強さが違うのだろう。


 しかし、そんな彼女よりも早く根を上げる者が出始めている。


「もう無理だ! 最初から俺達を使い潰すつもりだったんだ」「聞いていた話と敵の数が違うじゃないか」「こんなの敵うわけない!」


 それはステラも薄々感じていたことだ。

 

 ここ最近の異様な任務の数。

 それだけならまだしも、最近は意図的に任務についての詳細が誤って伝えられている。

 自分達の上にいる者は、ステラ達の事をただの便利な道具としてしか見ていないのだ。

 便利な力は使えるだけ使って、必要なくなったら処分する。彼らはそのつもりなのだろう。


 だが、


「だからって大人しくやられてあげるほど、私はお人好しじゃないわ。ヘタレてないでふんばりなさい!!」


 そんな運命受け入れてたまるかとステラ思う。


 失わせはしない。

 また皆で過ごす明日を、未来を。

 それらを得る為にも、ステラ達は何としても生きなければならないのだ。


「難しく考えなくてもいい! 前を、前だけを見て進みなさい!! 私達は明日もこれからも、馬鹿みたいな話をしたり、忙しくて泣きそうになるような日を送るの! そんな未来を得る為に、ひたすら戦って、進みなさい!」


 部隊内のメンバーに活を入れ、まだ頑張れることをアピールするためにも一人先陣を切って敵の密集地に切りこんだ。


「やぁぁぁっ!!」


 剣はどこなの? そもそも本当にあるの? 


 武器を手に戦場を駆け回りながらステラは頭を働かせる。

 勇者ならどこで力尽きるか、どこまでいけるか……。


「それは、もっと奥のはず……っ!!」


 尊敬する者の力への絶対的な信頼を元に、剣を手に魔物の巣を進んで行く。

 退路の確保とか余計な事は一切考えていられなかった。


 魔物の密集地帯を奥へ奥へと突き進む。

 激しくなる敵の抵抗だがそれゆえに、勇者の剣はこの先にあるという確信を強く抱くようになっていた。


 進みながらもステラは己の記憶を必死に掘り起こそうとする。

 前世でプレイしたゲームの中には先代勇者の剣を回収するグラフィックがある。

 対魔騎士団卒業後に流れるエンディングのものだ。


 そこにはヒロインのアリアと、攻略した男性キャラクター、クレウスが描かれていた。

 それはちょうど今ステラがいるような土地のような背景だったはずだ。


 思い出せ。あのイラスト、他に何があったのか。


 ステラの脳裏によみがえる。

 あの絵には……。

 通常のものとは一回りも二回りも大きい、異常発育しただろう狼型の魔物の骨があった。

 後は、周囲の木とそれより一回りだけ大きな木がある……。


「まさか……」


 脳裏に思い至った可能性。

 あらためて周囲を見回し、目当ての敵を見つける。


 遠くの方、魔物の群れの奥に大きな狼型の魔物がいた。

 それだと分かって探さねば見つからないほどひっそりとした目立たない場所で、時折鳴き声を上げて魔物に支持を出すようなそぶりを見せている。


「あれが大将ってわけね。見つけたわ!」


 彼は、勇者はあれと戦ってる最中に命を落としたのだ。

 魔物の群れを統率するボス。

 この戦いを切り抜けるためにはあのリーダーを倒す他ない、おそらくそう考えたのだろう。自分と同じように。


 ステラはさっそくその考えを仲間へと話した。


「なっ、正気か?」

「正気よ。今からあそこに偉そうにふんぞり返っている狼の首をとるわ。それだけの事よ。簡単じゃない」

「言葉にすればそうだが、途方もないぞ」


 クレウスは難色を示すが、そこにアリアの説得が加わる。


「ステラさんに賭けましょう。どの道このままでは埒が明きません。少しでも体力が残っている今の内に行動に出るべきだともいます」

「……っ、確かにそうだな、分かった」


 渋々ながらもクレウスの了承を得て、今一度気を入れなおした。


「皆! ここがふんばりどころよ、私について来なさい!!」


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