第34話 ――勇者ステラ――



「やぁぁぁぁっ!」

「はぁぁっ」


 クレウスの援護を受けながらステラはひたすら突き進んでいく。

 部隊より数メートル前に出て、部下達を先導するように魔物の群れのど真ん中を、疾風の様に駆けていた。


 こんな場所で足を止めようものなら、一瞬で命を落とす事になるのは分かりきっている。


 なので部隊のメンバーもみな、必死の様子を見せて残っている力を振り絞り、二人についてきてくれる。


 振り返って彼らの無事を確かめたい衝動に時折り駆られたが、そんな事は実際にはしなかった。

 短い時間だが共に戦場を駆け回った中だ、こんな時に彼らを信頼せず何を信じるというのか。


 やがて、ひたすら突き進むステラ達に活路が見えてきた。


「あともう少し!」


 ステラは一足早く敵の親玉の元へとたどり着く。


「着いたっ!! さあ相手に……、って戦わないうちから逃亡するつもり!?」


 だが目にしたのはまさかの撤退だ。命のやりとりをする敵だというのに、思わず文句を言ってしまった。

 あの場所に案内してもらう為にはそれでいいのだけれど、釈然としない。


「ステラの鬼気迫る形相に命の危機を感じたんじゃないか?」


 クレウスがその様子を見て、立っているのもやっとという状況の中で軽口を叩く。

 状況が状況だ。むしろ逆にそれに乗っかってやる。そんな会話で気がまぎれるなら、ある程度は付き合う。


「そんなに恐ろしい形相してないわよ、失礼ね。あのストーカーといい、どうして私の敵ってこうなのかしら。もう少し戦う気概を持ってほしいと思うのは私の我が儘かしら」

「血気盛んな女性というものは男性にとって恐ろしく見えるものだよ」


 ぶつぶつと小言をこぼしつつも見失わないように敵の背に追いすがる。

 そうしてたどり着いたのは、周囲の木よりもほんの少し背の高い木の下だ。


「ビンゴね」


 その木の根元には襲った人間達から集めたらしい金品が積みあげられていて、そこにはステラ達の目的である勇者の剣もあった。

 華美でない程度に細工の施された黄金色の剣。


「ちょっと原作の予定かなり早めだし、役が違うけれど、その剣をもらいに来たわ。渡してもらえないかしら」


 相手からの返答は低い唸り声だ。

 周囲から小さな狼型の魔物、ウルフが湧いてくる。

 なるほど、自分達は誘いだされたようだ。

 魔物といえど、群れを統率するくらいなのだからこれくらいの知恵はあって当然だろう。


 寝城へと追いつめられた魔物のリーダーは周囲の魔物を指揮して反撃に打って出る。

 

「かかってきなさい、こっちだって一人じゃないのよ!」


 ステラ達はもちろんそれに、全力で相対した。





 今までのどんな任務とも比べものにならない程の檄戦だった。

 だが、剣を交え、魔法を放ち、ほどなくして戦闘の勝敗はついた。ステラ達の勝ちだ。


「はぁ……はぁ……」


 剣を地面について荒い息を整える。

 魔物は血を流して地面に倒れている。

 だが、これで終わりではない。後はここから撤退しなければいけないのだ。


「ステラ、大丈夫か」


 仲間達が声をかける。

 背後すぐに魔物の姿はないが、一時的に振り切っていただけで、すぐにまた追いつかれるだろう。


「ええ、ちょっと手間取ったけれど。何とかなったわ」


 一人ではなかったとはいえ、ステラ達は勝利できた。その事実から思うのは、あの勇者が勝てないはずはない、ということ。

 勇者より強くなったと考えるのは、さすがにうぬぼれが過ぎるだろう。

 ひょっとしたら、ステラ達のように勇者も王に見限られ、戦場で罠にでもかけられたかもしれないと思えたが、確かめようのない事だった。


「ステラさん、それ……」


 ステラが回収した剣を見てアリアが声を上げる。勇者の剣、彼の遺品だ。


「回収完了、後は逃げるだけね。問題はそう簡単に逃がしてくるかどうかだけど」


 追いつき始めた魔物の足音を聞きながら、うんざりした気持ちになる。

 リーダーの亡骸を見せて怯んだりしてくれないだろうか。

 そんな事を考えながら、再び魔物の群れと突破すべく、剣を構えようとした時。


「何……?」


 今しがた手に入れた勇者の剣が光を放ち始めたのだ。


「まさか、そんな。ステラが……」

「クレウス。この現象について何か知ってるの?」

「知ってるもなにも君も聞いたことがあるだろう。勇者の剣が光るのは……」

「……新たな勇者が誕生した時……」


 そうだ、勇者の話なら絵本で呼んだこともある。有名な話だ。

 剣を手にして、その剣を光らせたものは、次の代の勇者となるのだ。


「って、えええぇっ!?」


 つまり、その剣を光らせたのはステラで、ステラこそが次の勇者だというわけなのだが。


「どどどど、どういう事!」


 信じられないのも無理はない。

 かつてないほどステラは狼狽していた。初めての狼狽だ。自分が勇者? 何かの間違いではないのだろうか。

 確かに勇者を目標に強くなるよう鍛えてきたが、勇者になりたいなどとは微塵も思ってはこなかったというのに。


 これがヒロインの彼氏であるクレウスや、百歩譲って主人公であるアリアだったらまだ分からなくもないのに。

 どうして悪役であるステラなのか。


「いや、ありえなくはないな、君の強い思いを感じ取って主と認めたんだよ、ステラの未来を望む強い意思を感じて、ね」

「私の、未来を望む意思……」


 口の出した瞬間。

 ずっと分からなかった事の答えを得た。

 強さとは何か。


 それは迎えたい明日を、望む未来を強く願う事で得られるものだ。

 強さは、明日を望む気持ちが作りだすもの。

 そう、ステラはこの瞬間に答えを得たのだ。


 そこに魔物達が追いついてきた。


 腹をくくる。

 この剣を使うのが自分である事については、まだ気持ちの整理が追いつかないけれど。

 今はその力を利用して、ここを切り抜けられることだけを考える。


「使い方は……なんとなく頭に入ってくる。親切設計なのね。なるほど、分かったわ」


 求めたとたんに剣の知識が頭の中に入ってきて、その便利さにありがたみを感じつつも、こんな簡単に使い方が分かっていいのかとも思う。


「皆、今からちょっとばかし強めの一撃を放つから。もしもの場合に備えておいてね」


 仲間達より前に出て剣を振り被る。

 勇者の剣は光をまとい、力強く輝きを放った。


「もしもの場合とは、ステラ?」

「ステラさん?」


 仲間の訝しむ声を聴きながら、こちらへ向かってくる魔物達の群れへとその剣を振り下ろした。


「こんなところでやられてあげる義理はないわ。勇者の剣の一撃、その身をもって味わいなさい!」


 瞬間光が爆発して、周囲に爆風が起こった。


 目が眩むような光景、衝撃が荒れ狂った後、周囲を見渡せば木々はなぎ倒されて地面は平らを通り越してへこみ、敵の姿はどこにも見当たらなくなっていた。


 地形が変わってしまう様な効果に、ステラは頬をひくつかせて剣を振り下ろした格好のまま固まるしかなかった。


「……やりすぎちゃったみたいね」


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