第13話 前に進みなさい!



 その場を離れて少し後、


「おい、こら待て! ガキ」


 メディックが後を追いかけてきた。


「貴重な収入原を減らされてたまるか……っ」


 この反応、どう見ても黒だろう。

 一瞬、もう確かめずにこのまま然るべき所に突き出してしまおうかとも考えたが、領主の娘がそれではまずいだろうと思いなおす。


「俺の薬を返せ、このガキ……っ」


 学習したのか手を出してくるようなことはないものの、男は言葉しつこく返品を求めてくる。

 ステラは取り合わずに、どうしたものかと考える。

 だがその考えは、目の前の光景によっていったん脇に置いておかなければならなくなった。


「メディックという男はどこにいる! 下手に隠しだてすると命はないぞ!!」


 素行の良くなさそうな風貌をした男が凶器を持って、平和な村を徘徊していたからだ。


「どうして次から次へと……」


 難事が降りかかるのか。

 だが放っておくわけにはいかない。

 止むなく声をかける事にした。


「止まりなさい、そんなものを持ってどうするつもり?」

「お嬢様ぁ……」


 隣で泣きそうな声がした。

 そんな顔をしないでアンヌ。私だって関わりたくなかったわ。


「あぁん? ガキが出しゃばんじゃねぇ。大人しくすっこんでろ、おらぁ!」

「そう言うわけにもいかないのよ」


 本当にね。


「俺は、魔法が使えるとか言って騙してくれやがったあの男に復讐しなきゃ気がすまねぇんだ、邪魔だてするようなら容赦しねぇぞ、こらぁ」

「邪魔なんかしないわよ。メディックならここにいるわ。気の済むまで話しなさい」

「な!!」


 ステラはその場から一歩体をどかしてやる。

 情けなくも後ろで隠れて様子を見ていた彼は、驚愕の声を上げ、自らの存在を主張してしまった。


「てめぇ、メディック。まさかそんなガキの後ろに隠れてたとはな、あぁん?」

「ひっ」


 逃げ出そうとする彼。しかしステラが、そしてレットがしっかりと捕まえて逃がさない。


 当事者でしょ。自分が仕出かしたことの結果をしっかりと目に焼き付けなさい。


「許してくれ、頼む! 仕方なかったんだ。借金で苦しかったんだ。金貸しに騙されたんだよ。お金が欲しかっただけなんだ!!」

「そんなら人を騙して良いってわけか? 必ず魔法の才能に目覚めるとか口八丁で言いくるめてくれやがって、こらぁっ! コケにしやがって」

「ひぃぃ!」

「てっきりそろそろ商売止めて逃げ出す頃合いかと思って、夜盗どもを雇って、探させてたっつーのによぉ。まだこんなとこにいたとはな! あぁ?」


 凶器を持って突き付けたまま、顔を歪める男。


 あの夜盗達はどうやらこの男の仕業だったようだ。はた迷惑な。

 後どうでもいいけど、言葉の後ろに何かしら相手を威圧するような単語をつけなければ気が済まないのだろうか。

 だとしたら止めたほうがいい。何だか無性に小物っぽく見えるから。


「お嬢様の威圧の方が何倍も迫力ありますね」

「アンヌ、それは褒めてると受け取った方がいいの?」


 そんな様子を眺めるうちに段々慣れてきたのかアンヌにそんな事を言われ、反応に困った。


「許してくれ! 頼む!」


 メディックはなおも謝り続けるが、それでは男の腹の虫は治まらなかったようだ。

 凶器が振り上げられる。

 さすがにそんな物を見たら、仲裁に入らないわけにはいかない。


「止めなさい!」


 声を張り上げ、近づく。

 言いたい事は言った様だし、やるべき事もやったようだ。

 ここらで十分だろう。

 本人達に任せるばかりでは多分、この話は解決しない。


「それくらいにしなさい。その人の罪が本当なら然るべき所で然るべき人間に裁いてもらうわ」

「俺はこの男と話してるんだ、こらぁ。しゃしゃり出てくんじゃねぇ」

「出しゃばらせてももらうわよ。目の前で怪我人が出るのを見過ごすわけにはいかないし、それに私には責任があるもの」


 領主の娘としての領民の安全と平和に力を尽くすという、責任がね。

 ステラはレットに目線をよこし、腰に下げた剣鞘に手を触れさせた。

 レットはため息をつきながらも一つ頷く。


「あぁん? だったら強制的に大人しくさせてやるっ!!」


 叫び声ともにこちらに向けて振るわれる凶器。

 しかし、ステラは慌てることなくこれを避けた。


 大振りの攻撃が不発に終わったことで体制を崩す男

 ステラは自分の得物で男の手にしている凶器を弾き、足をひっかけて仰向けに転がせた。

 起き上がる前に喉元に得物を突きつける。

 鞘がついたままの剣を、だ。


 保険として危なくなったら動いてもらうつもりだったけど、レットの助力がなくても何とかなったようだ。

 その事を話したら、


「手出しするなという合図かと思いました」


 そんな言葉が返ってきた。

 そんなわけないでしょ。


 でも、怪我をしないように過保護に観察されてた時期もあったので、これは信頼されてるのだとステラは前向きに考える事にした。


「なっ……この!」


 屈辱に表情を歪めて起き上がろうとする男。これ以上騒がれてはたまらないので、威圧を放つ。


「いい加減にしなさい!」

「っ……!」


 自分よりも小さな少女の一喝を受け、大の男が怯えた様子を見せる。


「自分が不幸な目に合ったからといって、他人を不幸に巻き込んでいいという理由にはならないわ。困難があっても踏み越えていきなさい。自分の力とすることに労力を向けなさい! 理不尽な目に合う人なんてこの世界には山ほどいるわ。不公平な目に合う事だって数えきれないくらいあるのよ!」


 ステラはそこで言葉を切った。

 この言葉は自分の為にもあるものだ。


「だから、そんな事にふてくされてるくらいなら、前に進んだ方がよっぽど自分の為になるんだから……。私みたいに、魔法が使えなくても貴族やっていけてる子だっているの」

「あんた、まさか……」


 ステラのセリフを聞いて男は驚きに目を見張る。

 さすがに周囲には聞かせられない内容だったので小声になったが、ちゃんと伝わったようで何よりだ。


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