第40話 ――集う者達が掴み取るのは――
王座の間から逃げだしたニオ達。
ステラは彼女達と合流し空中庭園へ向かった。
理由は、再び元の場所に戻るよりはこちらの方が地の利があっていいと判断したためだ。
ここで何度もクレウス達と打ち合ってる自分にとっては、もう庭のようなものだからだ。
「よう、まんまとやってくれたじゃねーかよ」
「レイダス!」
学校生活の中で散々手を焼かせられた先輩が現れたのを見て、表情を引き締める。
今更だが、ヒロインとくっつく可能性があった人物とは思えない、素行の悪さだ。
一体何がどうなってこんな事になっているのか。
考えるのは後だろう。彼にはここらで一つキツイ灸をすえてやらねばなるまい。
「王宮に雇われてたのね。似合わないわよ」
「王宮だろうが原っぱだろうがスラムだろうが、やる事は変わんねぇだろが。強い奴がいて金払いがいいならどこだって、働いてやる」
言い終わるやいなや、レイダスは飛ぶように駆けてこちらに突進してくる。
正面から受けるのは愚だ。
ステラは回避に専念する。
獰猛な野獣の様な攻撃に翻弄される。
だがステラは下手に反撃に出たりはせずに冷静に事態が好転するのを待つ事を選んだ。
「相変わらず、てめーの剣はつまらねーなぁ。あの男の方がよっぱどおもしれぇ」
「あの男? ツェルトの事?」
「勝てる見込みのない作戦にテメェが行かされた事で暴れてくれやがったからよ。一発お仕置きかましてやったんだよ」
私の知らない間にそんな事があったのか。
と、言うより似たような光景をつい最近見たような気がするが。
ひょっとして前に見たあれは夢ではなく現実に起こった事なのだろうか?
それにしても、と思う。
彼は怒って、そしてステラの身を心配してくれていたらしい。
その事に、少しだけ心が温かくなった。
ツェルトの事について、思考を一瞬脇道へとそらせていると、
「はっ、女の顔しやがって。男でもないくせに剣振り回そうなんざ生意気なんだよ」
レイダスがそんな揶揄をとばしてくる。
「男女差別が過ぎるわね。その口、聞けないようにしてあげるわ」
気の抜けない攻防を繰り返し、両者は立ち位置を目まぐるしく変える。
次元の違うやり取りに周囲の他の兵士は手出しできないでいて、遠巻きに見守るしかない状態だ。
状況は拮抗しているように見えるが、ステラの方が実力は下だ。このままでは、そう遠くないうちに追い詰められる。
何か手を打たければならない。
ステラはレイダスの今までの戦闘を思いだす。
基本的に彼の動きは、俊敏で予測が難しい。想像を越えた無理な機動も、鍛えた肉体を駆使して強引にこなしてしまう。
だが、それゆえに予想を超える動きをする彼の、その予想を外す事ができれば……対処ができるはずだとステラは思っている。
ニオが人質にされた件でも、動けないはずのステラが動ける身になっていた事に驚いていたようだし。
「くらいなさいっ」
身構える彼にステラは剣を振るをみせかけて、あらかじめ準備しておいた物を蹴り飛ばした。
「んなっ!」
靴だ。
戦闘中、細やかに動き回っている際中に靴を脱ごうとする人間がいるなんて誰も思わないだろう。
生憎だが、素足での戦闘は慣れている。
室内の中で退屈だと騒ぐ誰かさんに合わせて何度か木剣を打ちあった事があるのだ。
表面上には出さなかったが何度彼に負けてくやしい思いをしたか。
靴がない事くらいハンデにはならない。
彼……?
「らぁぁっ」
ステラの全身全霊をかけた一撃が、レイダスを撃ちすえた。
倒れ伏したレイダスを見下ろしながら息をつく。
命を奪ってはない。
確かに嫌な人間だし、好きには慣れなかったが、死なせる程憎い人間ではなかった。
致命傷は避けたつもりだ。
ただ、全力で叩いたのでしばらくは痛みで苦しむと思うが、それぐらいは勘弁してほしかった。
そんな事を考えて背を向けた直後だった、
「甘ぇんだよ」
ステラに起き上がったレイダスの一閃が届こうとした。
その時。
「らあぁぁぁぁぁぁ――――――――っっ!!」
ツェルトが頭上から振ってきた。
まったく、本当にいつもいいタイミングで来てくれる。
いつも……?
ツェルトは、息をつく暇も与えず体勢を整える前にレイダスへと攻撃を加えていく。
「僕の存在も忘れないでほしいね!」
「ちっ、……野郎!」
そこへ、駄目押しとばかり、別方向から来たクレウスが剣戟を放つ。
背後には見守るアリアの姿も。
別の個所の制圧を任されていた彼等だが、どうやら役割をこなし終わったようだ。
レイダスは苛立ちの言葉を放ちながらも、その表情に歓喜の色を浮かべている。
「待ってたぜ、最初から来てくれりゃ回りくどくなかったのによっ!」
「俺が最初か出てたらお前は油断なんかしないだろ」
「はっ、惚れた女を普通囮にするかよ」
しない、だがその普通はしないことが必要だったのだ。ツェルトには猛烈に反対されたが。
大目にみてほしい、彼には正攻法ではとても勝てないのだから。
「こちらも気にしてくれると嬉しいんだが!」
「クレウス、気を付けて下さい!」
すでに満身創痍とも言える状態のステラだが、クレウスやアリアの様にツェルトの加勢をする為に剣を握る手に力を込める。
気付いたニオが慌てて止めようとする。
「ステラちゃん!? 無茶だよ、そんな状態で!」
「でもここで頑張らなきゃ勝てないわ、ニオたちは離れてて」
制止を聞かずに、全身へと力を込め、体を動かす。
「守らなきゃ」
周囲を巻き沿いにすることを恐れて今まで使わずにいた勇者の剣を出現させて、それを支えにふらつく体を必死に立たせる。
レイダス相手にどう立ち回るか考えながら、疲れた体に鞭を打って動く。
「戦わなきゃ」
そう、私は剣を手に戦わなければならない。
戦わないと、そうじゃないと。
強くない私に価値なんてない。
私はだって……、それ以外に居場所の作り方を知らないから。
弱い者は殺される。
何もしてなかったから、前世の私は殺された。
力がないと、生きていけないかもしれない。
怖い。
弱いことが恐い。
「姉様!」
焦点の定まらない目で、ツェルトとレイダスの姿を追いかけていたステラの耳に、ここにいるはずのない声が響いた。
「ヨシュア……?」
こちらに向かって駆けてくるのは、紛れもなくステラの弟である。ヨシュア・ウティレシアだった。
「どうして」
何故彼がこんなところにいるのだろう。屋敷からは距離が相当あるはずなのに。
ヨシュアはステラの体を支えてくれる。
「勇者様の力に助けて貰いました。姉様」
強い意思を秘めた金の瞳で見つめられて思う。
この子は、いつの間にこんな目をするようになったのだろう。
つい最近ツェルトに言われるまでは優しくて、女の子みたいにか弱い弟だと思っていたくらいのに。
「屋敷もお父様もお母さまもこの手でちゃんと守れます。守れました。だから、僕も一緒に戦わせて下さい」
「だけど……」
実際ヨシュアは強くなったのかもしれない、けど姉として弟に戦わせることには抵抗があった。
「姉様は自分のことを価値がないと思ってるんでしょう」
「どうしてそれを……」
他の誰かに話したという記憶はないはずだが。
「見ていれば分かります! 僕は姉様の弟なんですから! ずっと頑張ってきたのを見てましたから! 姉様、お願いですから価値がないだなんて、そんな馬鹿なこと信じないでください」
「わ、私は……でも」
実際、ステラは並の人間には引けをとらない程の強さを身に着けてきた。
任務でこき使われる位なのだから、戦力として重宝されているはずで……価値はもう十分に証明できたと分かっていた。
けれど、いくら強くなっても不安をぬぐい去ることはできなかった。
どうしてなのか分からない。
自分で満足していないのだと思っていた。
だからもっと、もっと頑張ればいつかはその恐怖から解放される、そう信じていたのに……、勇者になった今でもそんな日はこない。
そんなステラに、自信に満ちたヨシュアの声がかかる。
「姉様、見てください。価値がない人間の為に、これだけの人達が駆けつけたりなんかしません」
「え……」
見回せばその人達がいた。
共に働いた兵士たち、仲間であるアリアとクレウス、ツェルト、そしてアンヌをふくめた屋敷の使用人たちや、剣の師匠レット、薬の研究者となったメディックもいる、そして両親も……。
ステラを見守ってきた二人が歩み寄ってきて、今にも崩れ落ちそうな体を支えてくれた。
「お母様、お父様……」
「ごめんなさい、ステラ。私達がはっきりと貴方に告げなかったばかりに、こんな苦しい思いをさせて。本当にごめんなさい」
「お前は私達の大切な子供だよ。それは何があっても、これからどんな事が起こっても絶対に変わらない。だから価値がないなんて思わないでくれ。私達は決してお前を見捨てたりはしないのだから」
「……っ、お……母様っ、お父様……っ」
両側から抱きしめられた。
二人分の温もりにを感じて涙が込み上げてくる。
そうだ、私は誰かにこうしてはっきりと言葉にしてほしかったのだ。
確かな証拠を得ることよりも……。何よりも……。
そうじゃないと、安心させてほしかったのだ。
こんな簡単な事に今まで気付かなかったなんて。
「ありがとうヨシュア、元気出たわ、これでまだまだ戦える。終わらせましょう、私たちでこの戦いを」
「はいっ!」
ヨシュアに肩を貸してもらい、未だ戦いを続けている者達へと向き直った。
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