第20話 初めての実力行使
人が近づいてくる気配はしなかった。
恐らく精霊の力を使って瞬間移動したのだろう。
ツェルトとフェイスは睨み合う。
「お前……、ステラに何してんだ」
「貴様……」
ステラは、動けない体でそこに割り込む事もできず、ただ見守るしかない。
「色々裏で黒い事してるようだから、証拠掴んで、確実に叩きのめしてやろうと思ったのに。くそっ、ごめん、ステラ」
最近彼が忙しかったのはそんな理由があったのか。
あんまり考えないで行動することが多かった彼だが、気付かない間に成長していたらしい。
「謝る理由なんてないわ。ありがとう。助けに来てくれて」
本当なら自分で自分の面倒を見れなければいけなかったのだから、責める言葉などない。
「ナイト気取りか」
「気取りじゃなくてそうなんだよ、無駄な抵抗はやめてとっとと俺に殴られろ」
「野蛮だな。だが、お前の相手は別に用意してある」
「何だと」
男は洞窟の奥へと走り、逃げていく。
代わりに殺到してきたのは魂を抜きとられた女性達だった。
「くそっ、卑怯だろ」
それでもツェルトなら、数秒もあればその女性達を無力化できたはずだ。
普通ならば。
「はっ、何だこりゃあ、面白そうなことになってんじゃねぇかよ」
もう一人、代わりに現れたのはいつかの先輩だった。
入学式当日の練習試合の時割り込んできた人だ。
その人はまったく躊躇を見せることなく、女性達ごとツェルトを切りつけようとする。
「なっ!」
ツェルトは今まで剣を向けていた女性を、やむなく左右へ突き飛ばすことで守った。
しかし、己の回避は間に合わず、利き腕に怪我を負ってしまう。
「っ!」
息を飲む。
彼の名前を呼び、無事かと問いたかったが、そんな余裕を許してもらえる状況ではなかった。気を散らせたくない。
初めて会ったときも感じたけれどあの先輩は相当な手練れだ。訓練中とはいえ動き回っている二人の間に正確に飛び込んできた技量といい、気配もなく割り込んできた事といい、ただものではないのは明らか。相当な実力者のはずだ。
「お前……、どういうつもりだよ」
「レイダスだ。お前って名前じゃねーよ。どうもこうも強い奴と戦えるって話だから来た。それだけだ」
「アイツが何しようとしてたのか、今まで何してたのか知ってるのか」
「うっせぇよ。関係ねぇし、興味ねぇ。俺は強い奴と戦えれば文句なんてねぇんだからよ」
レイダス。
聞き覚えのありすぎる名前にステラは耳を疑う。ヒロインと結ばれる可能性のある三人の人物の内の一人ではないか。
何故こんな所で悪事に加担しているのか。
まったくもって訳が分からない。
その、この場にいるはずのない人物……レイダスは剣を構えて、野獣の様な獰猛な笑みを顔に刻む。
「ま、楽しませてくれよ。その為に、ここまで足を運んだんだからな」
戦いはツェルトの不利だった。
レイダスの方が実力が圧倒的に上だ。
それでもすぐに決着がつかないのは、レイダスが勝負を楽しんでいるからだろう。
そういえば、と友人の事を思いだした。
「ニオ、ニオ! 起きてちょうだい」
「ん……あれ? どうして、こんな所に」
「後で詳しく説明するから、私を助けてくれない?」
「良いけど。って、なんか色々大変な事になってる……!?」
気絶して倒れていたニオに呼び掛けて起こし、何とかして呪術を解かせようとする。
地面に掘られた魔法陣でも消せばなんとかなるのではないかと考えるが、すぐさま彼女に否定される。
「それじゃ駄目みたい。むしろ、消しちゃったら魔法に干渉できなくなっちゃう」
ステラの元にやってきて魔法陣を調べるニオは表情を険しいものへと変化させる。
「こんなの、普通の方法じゃ解けない」
「そんな……」
このままツェルトがやられるのを黙って見てるしかないの?
自分の為に鍛えてきた力だけど、大切な人を守りたいって思いだってあるのに。
「ねぇ、一つ聞くけど。ステラちゃんは二オの事助けに来てくれたんだよね」
「え? ええ……。友達だもの」
「そっか、じゃあ仕方ないかな。これからやる事は皆には内緒ね」
「ニオ?」
何かを決心するような表情をした後、ニオは魔法陣の光に手を当てて目を閉じた。
すると一秒もかからず、体を拘束していた力が消えてしまったではないか。
「今の、一体……」
「魔法解除。王宮にいるような人間でも一部の人しか使えない極秘の技術だよ。できればこれ以上は聞かないでくれると嬉しいけど」
「ええ、それはもちろん。無理には聞いたりはしないけど」
「ありがと。さあ、ツェルト君を助けなきゃ!」
そうだ。
剣を携えて、問題なく体が動くのを確認し、彼の元へと急ぐ。
「やぁっ!」
「なっ、こいつ。どうやって……!」
レイダスからの攻撃の軌道上に割り込んで、突き技を見舞う。頬に一筋の赤い傷をつけた彼は驚いた表情をして距離をとって離れた。
「私の存在を忘れないでくれる」
「男同士の戦いに水を挟むもんじゃねぇよ」
「正当で真っ当なものなら、介入したりはしないわ」
「ちっ」
二対一となった現状を見て、面倒くさそうな表情をしたレイダスは剣をさげて踵をかえす。
「今度は邪魔者抜きで勝負させろよ」
どうやら、ステラの事を力のある敵として認めて撤退を選んだわけではないらしい。
勝負の場を濁す煩わしいハエか何かだと思っているようだ。
不快そうな様子のレイダスの姿は洞窟の奥へと消えていく。
一瞬、威圧で足を止めさせようかと思ったが止めておいた
「あいつ、待て!」
「駄目よ。今の私達じゃ勝てないわ」
追いすがろうとするツェルトを引き止める。
悔しいがここは見送るしかなかった。
フェイスも、もう無理だ。時間が経ちすぎた。
「くそっ」
苛立つツェルトにかける言葉が見つからないでいると、ニオが肩を叩いた。
「一件落着とまではいかないけど、それなりに落ち着いたんだから、何とかしないと」
ニオは、命令がなくて静かにそこに立っているだけとなってしまった女性達を見やる。
「あの人達をなんとかしないといけないし」
「そうね」
魂を捧げられてしまった彼女たちの将来が心配だった。
「それに……」
と、言葉を続ける二オにまだ何かあるのだろうかとステラは首をかしげる。
「はい、ツェルト君。ステラちゃん気付いてないから言ってあげて」
ニオに水を向けられてツェルトがこちらの方を向くと、一秒かけてその顔を赤くした。
「言っとくけど、不可抗力だかんな」
自分が今どんな格好になっているか、遅まきながら理解する。
「っ!! そう言うのなら視線をそらしなさい馬鹿!!」
見られた、そう思うと同時に自然と体が動いていた、
まったく背ける気のないその顔に向けて、ステラは容赦のない拳を放ってしまった。
「おごっ」
「あっ」
「差し向けたのはニオだけど、ちょと心配になる吹っ飛び方したね。おーい、大丈夫―?」
助けに来てくれたというのに、ちょっとひどかっただろうか。いやでも、少しはこちらの恥ずかしい気持ちを汲んでくれてもいいだろうし。せっかく最初の方は恰好良かったというのに、ほんとツェルトはもう。ばか。
そんなトラブルがあった後、当然の様に野外活動は後日別の場所でやり直しになった。
余談に同じ班員の者達の事だが、ステラまでがいなくなった後に大いに動揺して先生たちの助力を求めてリタイヤしていたらしい。被害にあった女性達は病院にて治療を受けている最中だ。
そしてそんな事件を起こしたきっかけであるフェイスは、その日を境に姿を見せなくなり、行方をくらませた。
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