第3話 「勇者に恋する乙女」について
屋敷へ来客を控えた前の日の夜。
ステラは珍しい夢を見た。
五年前のあの日からちょくちょく見るようにはなっていたが、最近めっきり減ってしまっていた前世の夢だ。
前世の私は、よく携帯ゲームをしていた。
そのゲームは乙女ゲームで、タイトルは『勇者に恋する乙女』だ。
妙な事だが、前世の私の……自分に関しての事は断片的にしか思いだせないのに、どういうわけかゲームの内容の方はよく思い出せるのだ。
『勇者に恋する乙女』
魔法の存在する異世界。
そこでヒロインである少女アリアが、魔物と戦う騎士になるために、学校……対魔騎士学校に入学するところからストーリーが始まる。
その世界ではこの世界と同様、魔物が各地に蔓延っていて、人々はみなその脅威に怯えながら暮らしているという設定だ。
そこで重要になってくるのは、各地を治める貴族の役割だ。
彼らの役割は領地を統治する事も含め、その魔物の脅威から人々を守ること。
それゆえ貴族は、何らかの異能……魔法の力を持って生まれ(一部例外はあるが〉、それゆえに特別な扱いを受けるのだった。
ヒロインであるアリアもそんな元貴族の一人で異能の使い手であり、魔物のいない世の中を目指すべく騎士になるために学校に入ったという話になる。
簡単に内容を説明するなら、その学園でヒロインのアリアは、クレウス、レイダス、ヨシュアという三人の男性と出会い彼らと絆を深めていく。数々のイベントをこなしゲームを進め、三年間の学校生活を終わる頃には、その中の一人と親密な仲になるのだ。
そして最後の卒業式では乙女ゲームのジャンルを冠するにふさわしいエンディングを迎えるというのが『勇者に恋する乙女』というゲームの内容だ。
内容であるのだが……。
そんな事を断片的に思い出したところで、ステラは目を覚ました。
このところ根をつめて勉強していたので、ちょっぴり脳が現実逃避したくなり夢を見たのかもしれない。
もちろん初めはゲームの世界に転生!? と心底驚いた。
自分の生きている世界が創り物であるゲームの中……偽物の世界かもしれないなんて知ったら、誰だって驚くだろう。
だが今はもうそれほど気にはしていなかった。
ゲームの内容を思い出す前からもずっとステラはこの世界で生きてきた。
あらためてよく考えても、この世界を偽物だとは思えなかったのだ。
この目で見て、感じて、触れあってきた人々が、(今のところは)わけの分からない、出所もわからないポッと出の記憶のせいで、偽物扱いされるなんて許せなかったというのもあるだろう。
だが、とステラはそこまで考えた所でベッドの上で寝返りをうつ。
気になる事があったのだ。
それにしてもヨシュアって……。
まさかこのヨシュアじゃないわよね。
ステラは心当たりのある二つ下の自分の弟……ヨシュア・ウティレシアの姿を思い浮かべた。
自分の弟が、ゲームの攻略対象になっていただなんておかしな気分だ。
そうすると自分はヨシュアが生まれる前から、ヨシュアの事を色々と知っていた事になる。
好みだとか、好きな事だとか、性格だとかを。
それは現実にいるヨシュアを見る限りは、間違っている知識ではなさそうだった。
ヨシュアは母と父が愛し合って生まれて来た子供だと言うのに、ずっと前からその存在を知っているだなんて、これほどおかしな事が他にあるだろうか。
今日は約束していた例の日だ。
毎日のように屋敷に来る鳶色の髪の友達の姿はない。
毎日の様に騒がしいツェルトを相手していたから少しだけ寂しく感じてしまう。
ベッドから起き上がり使用人の手を借りて身支度を整えていると、最近(ステラの中で)話題の人となっている、弟がやって来た。
「ねえさま」
「どうしたのヨシュア」
「今日はツェルトにいさまはこないんですか?」
「ツェルトには安全の為、自宅待機を命じているわ」
ヨシュアはその手に小さな小枝を握っている。それを見て、どういう意図があってこの部屋を訪ね、ツェルトの事を話題にしたのか理解した。
「ヨシュアはそんな危ない事しなくていいのよ」
「でも、僕、ねえさまを守れるようになりたい。おかあさまやおとうさまも守れるくらい強くなりたいです」
ステラとツェルトが木剣での打ち合いをしている姿を見てからヨシュアは、こんな風によく稽古を付けてもらいたがるのだ。
小さくてか弱い、見ようによっては女の子に間違えられそうな弟。
ステラと同じ金髪に、淡い金の瞳。容姿は可愛らしい女の子の人形そのものだ。
そんな弟に、荒事をさせるだなんてステラは考えたくなかった。
「僕、どうしても強くなりたいんです。強くなって悪いやつから家族を守れるように」
ステラと違って、自衛の為でも、もう一つの強迫観念のようなとある理由のために力を付けようとしているのではなく、純粋に人の為に頑張ろうとしているヨシュア。
その真剣な瞳を前にすれば、強く反対できなくなってしまう。
「……分かったわ。ツェルトには、私から言ってあげるから。もう少し待って……ね?」
甘いなぁとか、それでいいのか、と思うが。
結局最後にはそうやって言うしかなくなるのだ。
「うん」
頷いて部屋から出て行くヨシュアを見送ってため息をつく。
部屋にいた使用人達に礼を言い、一人になる。
「あの子は私とは違う。自分を守るために、自分の価値を証明するために剣を握ってる私とは」
あの五年前の人質事件の時に犯人の男に言われた言葉、それに前世(ということに一応しておく)でステラが考えていた事。
それらを思い起こして、深いため息をついた。
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