第14話 その約束は守るために
そんなこんながあっての後日。
色々驚くべき事が起こった。
買い取って調べることにした例の魔法の薬だが、もちろん魔法が使えるような超上的なものではなかった。だがそれは、予想も出来ない驚くべき(?)性能を秘めていたのだ。
調べた所によると、一時的に体の不調が取り除かれ、何故か根拠もなくやる気が湧いてくるという、謎の効果があったらしい。
メディックはこれをまず薬を買いに来た人に試飲させ、何となく効いているような気にさせて、説得力を持たせてから薬を販売していたらしい。
あの後当然、凶器を持った犯人の男(後で知ったがホルスという名前らしい)やメディックは二人で仲良く牢に繋がれることになった。
だが、この薬の効果を研究しないのはもったいない、という事になり現在は二人共、囚人としては破格の待遇を受けているらしい。
今では犯人の男……ホルスが、元薬屋であったという事実も手伝って(それなら、偽物の薬に騙されないでよ、とも思ったが。)、研究は大変はかどっているらしい。時々そんな様な内容の手紙が親しげに屋敷に送られてきたりする。
好感度を上げるような事をしたような覚えはない。むしろ恨まれているはずのことをしたはずなので彼らの様子には首をひねるのみだが、手紙に罪はないのでないがしろにはせず一応毎回目は通している。
ひょっとしたら、もうしばらくするとこの世界に、サラリーマンが愛用しているような栄養ドリンク的な物が流通しだすかもしれない。
が、それはともかく、その一連の顛末を聞かされたやっかいな人間の事を忘れてはいけない。
屋敷 私室
いつもの私室にて勉強をしているステラの横で、鳶色の髪をした幼馴染がふてくされていた。
……ツェルトだ。
「何だよそれ、俺は蚊帳の外かよー。何で俺も連れてってくれなかったんだよー」
しばらくは、ずっとこんな調子で文句を言い続けている。
「もう、仕方がなかったって言ってるじゃない。貴方は用事があったんだし、あんな事になるなんて誰も思わなかったのよ」
「そうだけどさー。そうだけどさー」
「もう、ずっとそんななんだから。いい加減機嫌なおしてってば」
「そうだけどさー。そうだけどさー」
……。
重症のようだ。
「俺の知らないとこで夜盗と戦ってたり、喧嘩の仲裁したりとか……何でやってるんだよー」
何でって、そうなっちゃったんだかから仕方ないじゃない。
「男の子って、そういうの好きなのよね。そんな面白いものじゃなかったわよ」
何しろ一歩間違えば死人が出てもおかしくない状況だったのだし。
だが、その言葉を受けてツェルトは口を尖らせる。
「違うって、そうじゃないって。……知らないとこでステラが危険な目に合ってるのが、何かその……嫌なんだよ」
「ツェルト……」
どうやら心配されていたらしい。
まったくそういう事は早めに言いなさいよ。
分かってたら、もうちょっと構ってあげたのに。
ステラは勉強の手を止めて、ツェルトへと向き直った。
「しょうがないわね。何でも一個だけ我がままを聞いてあげるから。それで機嫌なおしてくれる?」
「えっ……。い、いいけど。いいのか。……えぇっ!」
思いもよらぬ提案だったのだろう。
ふてくされていた様子を一転させてツェルトは狼狽し、視線を部屋のあちこちへと泳がせている。
そんなに驚く事かしら。
「ほら、何がいいの? 今なら大抵は聞いてあげるわよ。」
そうは言ったけど。
スカートめくり一回とか言わないでよ。
頭のてっぺんから蒸気を吹き出しそうなくらい真剣に悩んだツェルトが出した答えは、こうだ。
「じゃ、じゃあ手を……」
「手を?」
「つないで……クダサイ」
何でカタコトっぽいの?
というかそんな事で良いの?
手なんて結構繋いでるじゃない。
「いいけど、ほら」
差し出した手を握るツェルト。
小さい、けどステラの手とは違ってちょっと大きい。
ステラの体温より少しだけ高い温もりが伝わってきた。
「あったかいわね、ツェルトの手」
「そ、そうか?」
当たり前だけど、そういえばこんなのんびりした時間の中でツェルトと手を繋ぐことはなかったな、と思い返す。
いつも何かしらトラブルに見舞われてる時ばかりだったし。
「こうしてると、変だけどちゃんとステラがここにいるって気がする」
「私はちゃんと目の前にいるじゃない」
おかしな事を言うものだ。
それがツェルトだけど。
「俺のよりちょっと小さいよな。そんで柔らかいし。ふにふに」
「あ、ちょっとくすぐったいってば」
柔らかいかどうかははさておいて、剣ダコとかあるからそんなに堪能できるほどの自慢の手の平ではないと思うのだが。
「なー、ステラ。やっぱこのお願い無しにして。そんで別のやつにしたいんだけど、駄目?」
「別に良いけど、何にするつもりなの?」
手を繋ぐだけなんて、拍子抜けするような簡単なお願いだったし。
「約束一個だ。今度危ないとこに行く時は必ず俺も一緒に連れてってくれよ。絶対、ぜーったいにだ。……どうしても無理って時でも」
「無理って時は、それは無理だけど……分かったわ、尽力する。約束ね」
ほら、と握っていた手を離す。
あ、と食べていた最中の餌を飼い主に取り上げられた犬のような顔をするツェルト。
そんなに残念そうな顔しなくても……。
そんな気に言ったの? ふにふに。
「約束をする時には小指をからめて呪文をとなえるのよ、ほらマネして」
「呪文言うのか! 何だそれ、面白そうだな」
ステラのした説明に目を輝かせるツェルト。こういうとこホント切替えが早いわよね。
そんな彼に己の小指を立てて見せ、そして、マネさせた相手の指にからめた。
小さな指で繋がれた手を、ステラはゆっくりと上下にゆする。
「指きりげんまん嘘ついたら針千本のーます。指きった」
「ステラが針千本!?」
「大丈夫。ホントにしないから、物の例えよ」
「そ、そっか。変な遊びだよな」
今まで深く考えた事なかったけど、冷静に考えるとそうよね。
「でも、これでステラは約束守ってくれるんだよな」
「ええ、無理じゃない範囲でちゃんと守るわよ」
「そこは絶対にって言って欲しかったんだけどな……。まあ、いいや」
私の事を心配してくれてるツェルト。
彼の心遣いがとても嬉しかった。
だとすると、これからは何か起きる度にツェルトが横にいる事になるんだけど。
そうなると、と考える。
「これで何かあっても必ずツェルトと一緒よね、二人で一緒に強くなる為に頑張りましょう」
「あれ、何か考えたのと違う話の落ち着き方してね……?」
釈然としない思いを抱きつつもツェルトは、その日のステラ遊びと打ち合わせを終えて、屋敷を背後に帰途へと着く。
「さてと、ステラあんなだから、今度はどんな騒動に巻き込まれんだろうなぁ」
そう遠くない未来に訪れるであろう厄介事襲来の未来に思いをはせながら、ツェルトは気分よく道端の石ころを蹴り転がして道を歩いていく。
「ま、その時は俺もその場で一緒に巻き込まれてるんだろうけ……どっ」
そう言って、空に届と言わんばかりにひときわ大きく石を蹴り飛ばした。
当然、石は空にはたどり着けずそのまま途中で重力に引かれて地面に落ちてしまう。
だがこの時のツェルトはまだ知らなかった。
この約束を守る事がいかに困難であるかという事を。
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