第30話 変わらないはずの今日は
記憶の欠落という重大すぎる事件が起きたにも関わらず、ステラを取り巻く世界は変わらずに回っていく。
日々は変わらずやって来て、過ぎ去っていくのだ。
大なり小なりイベントがあったとしても、概ねいつもと同じように一日はやって来て繰り返される。
ステラは、その日もそうだと思っていたのだ。
いつもとそう変わらない今日で、その一日が終われば、またいつもと変わらない明日がやってくると。
三年ある学校生活を無事に終え、ステラは卒業する事になった。
「ステラちゃん! 卒業おめでとう」
「ニオこそ、おめでとう」
式が終わった後、卒業証である剣の意匠が彫られたバッヂを胸に二オと言葉を交わす。
この日が終わったら皆それぞれ別の道へ歩き始めることになるだろう。ニオは王都に行って王宮の兵士になるし、ツェルトも同じくだ、ステラは領主の務めを果たすことになる。
もう簡単に合う事はできなくなるだろう友にかける言葉はたくさんあった。
「色々な事があったよねぇ」
「ええ、本当に一生分の出来事に遭遇したわ」
「ステラちゃんといると退屈だなんて言ってられなかったよ」
「途中からは二オだって楽しんでたじゃない」
「そうせざるをえなかっただけですー」
それにしても、とニオはこの間の卒業試験の結果について思い起こして感慨深げに話す。
「まさか、元王宮騎士団のツヴァン先生まで倒しちゃうとはね。ステラちゃんってひょっとしてものすごーくこの三年で強くなっちゃったんじゃないの?」
「そんな、大げさよ、先生だって本調子じゃないって言ってたし。たまたまあれは運が良かっただけ」
話題は三年最後の試験。王宮の騎士団に務めていたというステラ達のクラスの担任、ツヴァンとの卒業試験と評した本気の勝負についてだ。
最後にステラに追い詰められた教師が、どこか彼方の空を見てあそこに何か飛んでるとか言いだした時には、ほんの少しばかり正気を疑ったものだが。
「あれは負け犬の遠吠えだよ。顔を立てるのもいいけど。やりすぎると逆に反感買っちゃうよ? すごかったんだから本当に。でも紙の試験はちょっと危なかったよね」
「あれは……、ううっ、もう思いださせないでよ。私だって好きで脳筋になったわけじゃないのに」
「あはは、ごめんごめん」
楽しげに会話する二人だったが、二年前までその輪に加わっていた、もう一人の姿はそこにはなかった。
あの時、記憶を失った夜にツェルトはただの友達だと言っていたけれどステラはそうは思っていない。
呪術から目覚めたばかりの頃は彼女もそう思っていた。
けれどふと、日常の中で彼と目が合うと、その瞳に揺らぐ複雑な光を見て、ああ、これは違うんだなと思った。
二人が付きあってるなんて話は聞かなかったけれど、その関係はただの友達ではないことぐらい、ステラにも分かった。
だからと言っても今の自分にはどうすることも出来ず、王都に行っていた唯一の例外を除いて、彼とはあまり関わらない学園生活を今まで過ごしてきたのだ。
だが、そこにツェルトが話しかけてきた。話すのはしばらくぶりだ。
その彼は、どこか焦ったような表情で彼はこちらに言葉を投げかけてくる。
「二人とも、あの話、聞いたか? 俺もさっき先輩から聞いたんだけどな」
「話?」
「どうしたのツェルト君、何の事?」
ステラ達の疑問に答えるために、ツェルトは言いにくそうにしながらも口を開いた。
「王都でクーデターが起きたらしい」
王都、このステラの住む国の中心。確か少し前に見た限りでは、穏やかでもしっかりした性格の王子のおかげでか、血なまぐさい事件とは無縁の場所だったはずだが……。
「嘘……。それ本当なの?」
ニオは顔色を変えて、ツェルトに詰め寄る。彼女の瞳には普段みないような色があった。
猜疑心とそして隠しきれない不安の色だ。
「あ、ああ、そういえばお前の出身地だったけか」
「そんな……」
血の気を失った表情の二オはそのままどこかへと駆けだそうとしたので慌てて止める。
「ニオ、待って、どうしたの!」
「こうしちゃいられない。行かなくちゃ。エル様が。王様が危ない」
「王様って……。それにエルっていつかに会った人の事……?」
どうしてこの段階でその名前が出てくるのか分からない。
とにかく彼女をこのまま一人では行かせられないと話を詳しく聞こうとしたのだが、悪い事はまだこれで終わりではなかった。
「ステラ、俺達も早く帰ろう。連絡が付かないんだ。村にも、屋敷にも」
「えっ」
「何かが起きてるらしい。通信が繋がらないんんだ」
魔力をもった者しか使えない遠話機(えんわき)。
ステラが前世いた世界よりも、この世界は技術が発達していないのだが、それでもちょこちょことこういう機械はあったりするのだ。ただし、魔法の力を当てにしているものになるが。
そんな遠話機(えんわき)はステラには無用のもの(というか使えない)なのだが、間接的にツェルトに連絡を取ってもらうことはあるのだ。
それが使えないということは遠話機(えんわき)自体の調子が悪いのか、片方の機械に何かがあり壊れたかのどちらかだ。
「そんな」
立ち尽くすステラ。
二オを引き止める腕からは力が抜けていたが、幸いなことにステラを心配する余裕を取り戻した彼女はその場で立ち止まっていた。
しかし、事態は予想をこえた勢いで加速していく。
三人を、武装した集団が取り囲んだのだ。
「ステラ・ウティレシア。ツェルト・ライダー。お前達の家族は我々が保護した。一緒に来てもらおうか」
この日、ステラ達の家族は保護という名目の下、人質にとられた。
クーデターは成功し、新たな王を主とする王宮で、優秀な兵士として働くことと引き換えに。
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