アフター 恋人になったけど…



 ツェルトと想いを通わせたあの日から、数日の時が経った。

 夜、満点の星空の下。

 アリアとクレウス、ニオを含めたメンバーは、現在王宮の空中庭園にいた。


 ステラは木剣を手にツェルトと向かい合う。


「夜の暗闇って戦いにくいのよね」

「だよなぁ。相手の動きが見えにくいし、距離とかも測りづらくなるよな」


 向き合いながらも油断はしない。

 全身で警戒し、相手の出方を伺う。


 そんな二人の様子を眺めながら、呆れた様に呟いくニオの声が聞こえてくる。


「なーんか、ニオおかしいと思うんだけど。恋人同士で剣の打ち合いとか……」

「あれがステラさん達なりの愛情表現なんですよ、きっと」

「そうか? 僕には愛情のかけらはまったく見えないんだが、むしろ真剣勝負になってないか?」


 彼女の言葉にアリアたちはそんな風に互いの意見を返す。

 そんな言葉にニオは、クレウスの方に同意かな……、と言葉をこぼした。


 ため息を一つつく声とともに会話の続きがステラの耳に届いてきた。ニオ達は雲一つない星空を見上げながら捨げっているようだ。

 剣のやり取りに忙しいステラは、残念だが視線を動かすわけにはいかない。


「わぁ、ここから見える空はこんなにも綺麗なんですね。夜にいた事なんてレイダスさんと戦って以来でしたから、こんな景色が見えるなんて気づきませんでした」

「あの時はそれどころじゃなかったからな、でも僕としてはそんな星空よりもアリアの方が何倍も綺麗だと思う」

「そ、そんな……、クレウス」


 ステラ達の打ち合いも星の眺めもそっちのけで、桃色の空間を演出し合う恋人二人。ステラからは見えないのだが、お互いを見つめ合いながら微笑み合っていたりしているのだろう。

 そんな二人の近くにいるであろうニオは……。


「普通の恋人だったらあんな風にやりとりするはずなのに、この星空の下で打ち合いかぁ……。ニオ楽しみにしてたのに、この分じゃあまーい恋の話は当分聞けそうにないのかな」


 そんな言葉を付け足してきた。





 ステラ達はひと汗かいた後、ようやく落ち着いて星空を眺められるようになった。だが、上を見上げながらする話題は色恋とはかけはなれたものだ。


「やっぱり昼間と比べて戦いにくいのよね、どうにかして明かりをつける努力をするべきかしら」

「いや、全体をまんべんなく照らせるぐらいあればいいけど、逆に中途半端にあると気がそがれそうじゃないか?」


 ああでもないこうでもないと先ほどの交わした二人けん世界うちあいについて論議するステラ達。

 隣で聞いていたニオはそれらを聞いて何かが我慢できなかったらしく、強引に割り込んできた。


「もうっ、二人ともそんな事よりもっと他に言う事とかあるでしょ!」

「どうしたのいきなり。言う事? やっぱりニオも足運びがちょっと怪しい思ってた? あれ、ちょっと途中で石に躓いちゃったのよね」

「いや、ステラ……ニオが言ってるのはたぶんそういうことじゃないと思うぞ。ほら、アレとか、ソレとか……」

「あれとかそれって?」


 分かってないようなステラと比べて、ツェルトはニオが何を求めているのか把握しているようだった。

 だが口に出して指摘する事はせず、指示語を口にしてぼかしている。


 学生時代に試験勉強の仕方を教えてもらっていた際中の事を思いだした。付きあってもいないのに恋人の空気を出していたとか言って来たニオは、その時二人に見せた表情がある。あれがまたきた。


「あのねぇ、分かってる? 二人は恋人同士なんだよ。素敵な星空の下、もっと他に言う事とかやる事とかあるでしょ」


 ニオの妙な気迫のこもった表情を見たステラ達は、条件反射のようにかしこまり、蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまう。


 こんな風に何度か起こらせて、勉強を詰め込まれたことがあったのよね……。


「他にって……? ニオ何か怒ってる?」

「怒ってないもん!」

「怒ってるじゃない……」


 ツェルトと共に、そんな彼女の態度を見ては困ったように顔を見合わせる


「……だって、もったいないよ。見ててじれってたくなるんだもん」

「ニオ?」


 俯いたニオが発する言葉は先ほどとは打って変わって、暗く沈んでいた。


「ステラちゃんは知ってるでしょ。ニオがエル様の事が好きなの。だけど、エル様はこの国の王子様だし好きになるの大変なんだよ。お世継ぎの事とか考えなきゃいけないし、国の為の理由とか言って婚約者みたいなのもいるし……、好きって言うのすらも大変なんだもん」

「ニオ……」

「だから、二人に元気もらいたかったの。頑張ってるのはニオだけじゃないって思いたかった。二人を見ててニオもこんな風になりたいなって、そう思ったらきっと元気がもらえると思ったから……」


 俯いたニオの肩にふれようとしたが、その手を止める。

 そして少し考えた後、慰めや励ましの言葉は口にせず別の話題を振る事にした。


「アリア、クレウス、それに皆も、私の名前のステラって星っていう意味がついてるの知ってるわよね」


 関係ないところに飛んだ話題にそれぞれ不思議そうにしつつも、彼らは頷いて同意を示してくれる。


「これは始めて話す事になるけど、私小さい事、旅の占い師さんに厄災の星の下に生まれた子供って言われたことがあるの」


 初めて聞く情報にそれぞれ、口に手を当てたり目を言開いたりして驚きを顕わにした。


「あ、一応言っておくけどその人は悪い人じゃないわ、嫌がらせで出鱈目をいったとかじゃないから安心して」


 いや、安心できないよ内容が内容だけに、とニオが顔を上げて小さく突っ込みを入れてくる。


「しばらくは忘れてたんだけど、思い出した時は平穏な人生は送れないかも、って思ったわ。実際その通りに人質にされたり、森の中で魔物と戦わなきゃいけないこととかもあったから。だから幸せになる事とか望んではいたけど、ちょっと諦めてたところもあるかもしれない。だから私、今これで十分満足しちゃってるの、いつかクレウスが指針だって言ってくれたみたいに皆の未来を照らす星になれて、皆が笑顔でいられるなら、これでもう十分なんだって」

「ステラちゃん……、ごめん。ニオそんな事知らなくて」

「いいのよ、言ってなかったんだし。私こそごめんなさい、ニオの気持ちに気付いてあげられなくて、今度機会があったらまた学生だった頃みたいに色々話をしましょう」

「うん」


 ステラと見つめ合うニオの顔には先ほどよりは明るい色が戻っていた。


「えっと、その……、本当は私だってツェルトと恋人らしい事、私もしたいと思ってるのよ。でも……、その……、そういうのってよく分からないし、慣れてないから……」


 ステラはツェルトの方に視線を投げる。

 ツェルトはステラと目があった瞬間、顔を赤くした。


「人って欲張りね、少しの幸せを得たら、もっと幸せになりたいって……段々と思えてくるの。厄災の星なんかじゃなくて、私はもっと皆の希望の星でありたいし、たくさんの笑顔を分けたい、もらいたいってそう思ったり。私はそう思っても良いのかしら」

「良いに決まってるだろ、ステラは一人じゃないんだ。何かあったら俺が、他の皆も真っ先に駆けつけるからさ」


 ステラの問いにそう答えたツェルトは、彼女の手をとって触れた。


「というか、そんなの当たり前だろ。ずっとステラの傍にいてきたんだ。これからも俺はずっと傍にいるからさ」


 そのまま二人は見つめ合う。

 見つめ合う二人の距離が段々近づいていって……。


 最後まで見ていられなかったニオ達はそっとその場から離れていった。

 ニオは真顔になって、自らの行動を振り返り一言。


「……何か、これニオがお節介焼かなくても良かったのかな」

「羨ましいです……」

「二人にとっては、恋人らしくしてるつもりはないんじゃないか? きっとあれが二人にとっての素なんだろう」


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