第38話 ニオとエルの物語



 王都 裏通り


 一度だけだけだが、作戦を実行する前に町でニオと会って話しをする事ができた。


 あいかわらず忙しい日々を送っていたステラ達だが、勇者の剣を回収した功績のおかげか、以前と比べれば任務を任される回数は歴然と少なくなっていた


 そんな影響なのかその日は久々に休みを取る事ができたので、暴政の影響を実感しながら王都の道を歩いていた。


 不穏な空気が蔓延するにしたがって、盗みや強盗に手を染める犯罪者は増える一方だ。

 前はそれなりに通りで見かけていた猫や犬などの動物達、小鳥でさえもそんな空気の影響を受けてかめっきり見かけなくなってしまっている。


 それでも、元王時代からいる兵士達がちゃんと役目をこなして王都の治安を守ろうと頑張っているのだが、現王によって取り立ててもらった新たな兵士たちがそれを台無しにしていく。

 罪を働いた者でも態度と賄賂しだいでは事件自体をもみ消すのだから、そんな事を繰り返されては手に負えなくなるのも当然だろう。


 そんな街を久々に歩く厄災の星の下に生まれたステラだ。厄介事に出会わないわけがなかった。

 それは、自分を見張る者達、現王の命令を受けて動くの兵士なかま達を撒いた直後の事だ。


「お父さんは盗んでないんかいないもん、連れていかないで!」

「うるさい、お前も牢屋に入れられたいのか」


 兵士に連れていかれる男性と、連れていこうとする兵士を止めようとする少女が目に入る。

 ステラはその光景の前にため息をつく。

 明らかに、そして見るからにテンプレートな厄介事だったが、放っておくわけにもいかない。

 手を出す為に動こうとしたのだが、その必要はすぐになくなる。


「あがっ」

「おっと、ごめんね。偶然腕を伸ばしたら突き飛ばしちゃった」


 なぜならステラではない別の人間が、文字と通り手(腕?)を出したからだ。

 壁に突き飛ばされた兵士はぴくりとも動かない。良い感じに衝撃が入ったらしい。

 驚いたが、それはその人物の行動にではなく、そこに現れた人物に対してだった。


「ニオ!」

「久しぶりだね、ステラちゃん」


 それは旧友との再会だった。





 裏通り 宿屋


 男性と少女に礼を言われた後、ニオが根城にしているという宿の一室に移動し、ステラ達は前に会った時にはできなかった話を色々した。


 ベッド上で、ごろごろ寝転がるニオと端に腰かけるステラ。

 学生の頃は何も考えずにこうやってよく話をしたけど、今あらためて考えるとそれがとても大切な事だったと気づかされる。


「例の作戦の前にもう一度話せて良かったよ。お互い状況が色々と変わったからね」

「そうね」

「ツェルト君とはどう?」

「まあ、それなりかしら」


 本当にそれなりだ。

 思ったよりは遠くじゃなかったけど、だからといって予想よりは近づくわけでもない距離。

 それが今のステラとツェルトの立ち位置だと思っている。


「もうー、じれったいなぁ。ステラちゃんって戦闘には真っ先に飛び込んでいくのに、そういうのは奥手なんだから」


 それじゃ、私がまるで戦闘狂みたいな言い方よね。


「そんなステラちゃんの為に、ちょっと昔話しようか」


 ごろごろしていたニオが身を起こし、枕を己の胸に抱き寄せて話を始める。





 昔の話になるんだけね。私とエル様の話。


 私とエル様はちっちゃい頃からずっと一緒だったの。

 歳が近いからって遊び相手として一緒に育ってきた。いつでもどこでも二人は一緒で、私の傍には必ずエル様がいた。

 あの頃は何の心配もなくて毎日とても楽しかったな……。


 でもほら、エル様って王子様でしょ。だからしょっちゅうに暗殺者とかに命を狙われてたの。小さい時はそれほどじゃなかったけど、危ない事は日に日に多くなっていって、そのうち、護衛の人も手を焼く様になった。

 私はそんな時何してたと思う? 泣いてるだけだった。情けないよね。想像できないだろうけど、あの頃の私ってそんな子だったんだ。


 でもある日、暗殺者が私を狙って来たことがあったの。エル様を精神的に追い詰めようって作戦か何かだったみたいだった。

 その時私に自分の身を守る力があれば良かったんだけど、それが無かったから……。

 間違いなくここで死んじゃうって思ったのに、ニオはエル様にかばわれて生き残っちゃった。王子様に怪我させて、本当に情けないよね。


 すっごく泣いたよ、これでもかってぐらい。こんなに人って泣けるんだって驚くくらい。

 その後、治療中のエル様のところに突撃していって、詰め寄るようなマネまでして、どうしてって理由を何度も聞いた。かなり怒ったよ。不思議だったのもあったかな。


 代えのきかない王様と違って、私なんかいくらでも代わりが効くのにって。

 そしたらエル様、なんて言ったと思う?


 ニオは大切な人だから代わりの人なんていない。僕は遊び相手なんて顔の見えない誰かをじゃなくてニオを守りたかったから、守ったんだって。


 王様としてそれはどうなのって思わなくもなかったけど、そんな風に大切に思ってくれるのが、すっごく嬉しかった。

 その時私は気づいたの。

 ああ、私はこの人のことが好きなんだなって。

 私も同じ気持ちを持ってるって。


 エル様の代わりなんていない、怖くても頑張ってエル様を守りたいって。

 だから学校に入って強くなろうって思ったの。

 




 語られた話を聞き終えたステラは、嬉しそうな表情のニオの顔を見つめる。


「貴方が頑張る理由ってそういうものがあるのね」


 三年間一緒にいたけど、彼女がそんな事を考えていたなんて知らなかった。

 一番身近な友達でいたつもりだけど、まだまだ人の事は分からないことがたくさんあるようだ。

 もっともニオの立場からして、それは隠さなければならないものだった、というのもあるのだろうが。


「ニオは、ステラちゃんとツェルト君には幸せになってもらいたいんだ。二人がまた前みたいな関係に……ううん、それ以上になれることを祈ってる。だから今日のこの話は願掛けに話したの。今度は二人の楽しい話が聞けますようにって」

「なかなか効果的ね。秘密を打ち明けられたら、こっちも秘密を言わなくちゃいけない、そんな感じになったわ」

「うん、きっと聞ける日が来ることを楽しみに待ってる」


 それからは他に当り障りのない話をいくつかして、ニオと別れた。

 王宮へと帰る道のりで、監視の目が復活するのを感じ取りながらステラは思う。


 ニオみたいな友達がいてくれて良かった、と思う。

 きっとまた、近いうちにまた彼女と話ができるだろう。

 いや、できるようにしてみせる。

 その時にはツェルトとの関係に私なりの答えが見つけられるはずだ。

 今はそう信じようと思った。


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