第11話 魔法が使えるようになる薬
屋敷周辺
早朝、朝霧が立ち込める中で、ステラは屋敷の外周を走っていた。
理由は、レットが勇者の仲間だと分かった事により、彼が指導の時に実力を隠す理由がなくなった為である。最近のステラとしては手加減少な目の訓練を受けられるようになって嬉しいのだが、中々に激しく動き回るためにこちらの体力が持たなくなったのだ。
そういうわけで剣を教えてもらう以前に、まず基礎体力をつけねばと結論。
毎日朝日が昇った直後くらいにベッドを抜け出し、外を走っているというわけだった。
体が温まってくるのを感じながら、屋敷の玄関に到着。
一周を終えて、また新たな一周を始める。
単調な動作を続けているせいか、こういう時間は考え事が多くなる。
今日は前世関係の事ではなく、ずっと小さかった頃の事だ。
それは、旅をして各地を回っていたという占い師に両親が頼み、ステラの人生を占ってもらった時の事だった。
その占い師が、大きく透き通った水晶を時間をかけて覗き込んだ後に、示した答えはこうだ。
ステラは厄災の星の下に生まれた子供である、と。
もちろん貴族相手にそんなことを言えばどうなるの分かっていたであろう占い師は直接は言わなかった。最初は当り障りのない話題を振って、貴族の娘が聞いたら喜びそうな結果を話して聞かせたのだ。
だが、両親がたまたま他のことに気をとられている時に、占い師が言ったのだ。
こちらをまっすぐ見つめて、その事実を。
そして心配そうにこうも言われた。
『難事に見舞われ続け、将来必ず苦労をする。だから今の内にたくさん友達をつくって心を強くしておきなさい』とも。
恨みなどは別にない。貴族の娘にそんなことを正直に言ってもリスクしかないだろうに、それなのにわざわざ忠告してくれたという事を、ステラはありがたく思っているくらいだ。
それにその時は、それが本当のことになるかどうかは分からなかったし、難しい言い回しだったのもあって、ほとんどよく分からなかったというのもある。けれど、幼いなりにその人の表情を見てちゃんと覚えておこうと思ってはいたのだ。
まあ、今の今まで忘れていたわけだが。
とにかく、あれから少し成長したステラなら分かる。
あれは真実だ、と。
あのカルル村の事件でのことや、己の(一応の)前世の記憶が示した悪役ポジションが、雄弁に物語っていた。
強くならねばならないな、と思う。
そう思った結果、昨日も今日も体力増強に励む事にもつながったわけなのだ……。
貴族の血は相変わらず仕事をさぼっているようで魔法は一切使えないままなのだが、それで怠惰に生きていらられるほど、自分は不真面目ではない。
しかし、屋敷に入って部屋へと戻り、この屋敷の使用人であるアンヌという女性にタオルをもらいながら聞いた言葉に耳を疑った。
「誰でも魔法が使えるようになる薬……?」
そういう品物が存在しているらしい。
それが本当なら、一足飛びどころではない成長が見込まれるだろう。本当なら、だが
使用人のアンヌ、彼女はこの屋敷での一番の情報通だ。
いかなる方法を使用してか、屋敷で起こったあらゆる出来事を収集したり、近隣の町や村で起こった事なども一日も経たず把握できてしまう。
それらがただの噂であったり、嘘などであればステラも飛びついたりはしないのだが、彼女のもたらす情報はいつも恐ろしいくらいに正確だったから、ないがしろにはできるはずがなかった。
カルル村で病人が倒れた時の事も、何か良くないことが起きているらしいと、父達に一番に伝えたのは彼女だったらしいし。
「貴方が言うという事は、信憑性があるという事よね」
汗をぬぐったタオルを渡し、水の入ったコップを渡される。
ちょうど喉が渇いていた。
相変わらず良い仕事をする人だ。
「ええ、はい。あくまでそういう話が飛び交っている……という事柄に対してですが。近隣の村でそのような薬を扱っている者がいると、私は聞いています」
喉を癒す潤いに心地よさを覚えながらもステラは考える。
アンヌの言葉は基本真実だ。
だが彼女は薬自体については断言しなかった。
薬が本物かどうかは分からないという事だろう。
本物だったら、など色々考えてしまいそうにもなるが、ステラとしてはそう都合よく問題が解決するとは思えないので、ほぼ偽物だと思う事にする。
だがアンヌがその話こちらに聞かせたという事が引っ掛かる。
この屋敷で働いている彼女がステラの事情を知らないわけはない。なのにそんな風にあやふやな薬の話をしたという事は、こちらの身に関係する事なのか、それとも……もうそろそろ話が自然に広まって耳に入る頃だろうと思ったからなのかもしれない。
本物か偽物か分からない、というのならたぶん後者だ。
「この辺りにも話が広まっているのね。カルル村でもそうなのかしら」
「ええ、おそらくは」
薬の効果は別としてそのような美味しい話があるんらば、それなりの人が関心を向けて手に入れようと行動するはずだ。上手くすれば、利益もえられるだろう。
詐欺、という言葉が頭に浮かんだ。
「調べてみた方がいいかもしれないわね……、その村ってどこかしら?」
「トワダ村です」
「ここの領内ね……」
「お嬢様、まさかとはおっしゃいますが」
「行くわ。確かめに行く」
アンヌの不安を肯定するように、頷いて見せる。
「いえ、しかし。何もお嬢様が直々に行かれる必要はないのではありませんか? ただでさえ、最近のお嬢様のお昼からの鍛錬のご様子については、ご主人様や奥様が気をもんでいらっしゃるというのに。これ以上は……」
最近は目に見える形で、剣技の上達にいっそう精を出しはじめた娘。その事に両親が不安と心配を抱いているのはステラだって分かっている。
できるだけそういう事で悩んでほしくないから、追加でやってる朝の鍛錬もアンヌ以外には知られないようにしているのだし。
だが、心配されているからといって大人しくできる自分ではないのだ。
「まだお父様達だって忙しいでしょう? それに領地の事に気を回すのは立派な貴族の役目じゃない。村に行ったとしても色々調べたりしなきゃいけないのだから、即刻荒事なんかに関わる事になんてならないと思うわ」
ほぼありえないと思ってはいるが、もしかしたら本当にそういう薬なのかもしれないし、証拠もないのに詐欺の罪を着せて罪人を捕まえようとも思わない。証拠を得る為にも足を運ぶ必要はあるだろう。
「だから、お願い。ね? お父様達にも貴族としての見聞を広める為だって、アンヌからも言っておいてくれない?」
「ですが……」
言いよどむアンヌ。
やはり彼女の立場からでは難しいだろうか、そう思っていると、思わぬ人物から助けの手が差し伸べられた。
「お嬢様の好きにさせてはよろしいのでは? ここのところ根を詰め過ぎている所があるので息抜きにはちょうど良いかと」
剣の指南役のレットだった。
基本的には昼から、それも中庭でしか見ないのに、朝から姿を見かけるなんて珍しい。
「ここ最近使用人の彼女から相談を受けていまして、勝手ながら鍛錬の様子を見守らせてもらいました」
どうやら味方だと思っていたアンヌによってばらされていたらしい。
心配してくれるのはいいけど、皆少し大げさなんじゃないかと思えてくる。
「あの……」
「大丈夫です、お嬢様。彼女も私もご主人には言ってはおりませんので」
恐る恐るレットに尋ねようとするが、気になっていた事が確かめられてほっとする。
そんな話の成り行きによって、ステラは数日後にその薬が売られているという噂の村に向かうことになった。
メンバーはステラ、レット。アンヌの三人だ。
めったに見ない異色のメンバーだ。
ちなみにいつも頼んでもないのに、色々な事に首を突っ込むツェルトはカルル村でダメージを受けた畑のお手伝いに借り出されて忙しく働いている。
街道
数日後。
馬車を走らせ目的地トワダ村へ向かう事になった。
今回は例の薬を買ってくるという目的があるため、良くない噂が立つのを防止するためにもステラは平民の服を着こんでいる。
馬車も一番使い古されて倉庫にしまわれていた物を選んだ。
馬車窓からぼんやりと景色を眺めていると、レットに渡される物があった。
鞘に入った剣だ。
「お嬢様、これを」
「これって、真剣?」
抜いてみると、木剣などではなくそれは刃のあるものだった。
「どうして」
「護身用です。私が思うところによれば、お嬢様は少しばかり騒動に巻き込まれる体質の様でしたので。念の為」
「心配してくれてるのはありがたいけど。でも、これ使ったら怪我しちゃうのよね」
「ええ、使わぬ方がいいでしょう。ですが、見た目よりも世界はずっと甘くはないので」
剣を手にするステラを見るレットの目は、悲しげな色を見せている
勇者の友人なんかしてるくらいだから、彼の人生ではきっと色々な事があったのだろう。
「レットはどんな風に勇者様と出会ったの?」
「私の話など、面白くもありませんよ」
「それは聞いた私が決める事よ。言いたくないのなら直接言いなさい。それくらい聞き分けるから」
「ご配慮痛み入ります。ですが一言で言うのなら、魔物に蹂躙された今はなき故郷を思い出してしまうから、とでも言いましょうか」
「……何となく分かったわ。一応ごめんなさい」
「いいえ、このような者の身の上に興味を示していただいて嬉しく思っています」
馬車の中の空気がわずかに重くなったのを見てか、気を聞かせたアンヌが別の話題を提示してくれた。
告げ口とかしないでくださいね、と前置きして話をする。
「それにしても、どうしてレット様のような方がこちらのお屋敷に来られたのですか? ご主人様たちは良い治癒魔法の使い手ではありますが、勇者様達と同じ場所に立てる程ではないかと……」
「お恥ずかしい話になりますが。実は私は少し前までは勇者殿と仲違いの最中にありました。その発端となる場面をご主人に目撃されてしまったのですよ。それで屋敷で働かないか、と誘われまして」
「レット、勇者様とケンカしていたのね。それなのに、私達の為に連絡を取ってもらっちゃって……」
次々と明らかになる衝撃的な事実に、ステラの驚きは尽きない。
「お気になさらずに、ああでもしないと勇者殿と和解する機会などなかったものですから」
ということは今はもう仲直りしているのか。たくさん怖い思いをしてきた事件だったけど、村の人達を助けたうえ、レット達の仲を修復させることにもなっていたのか、と思う。
その事実が、少し嬉しかった。
「ですからお嬢様が何か困っていらしたら、力になりたいと思っていたのですよ、中々頼っていただけないので少々出過ぎたマネをしてしまいましたが」
「そんな事ないわ。助かったもの。すごく感謝してる。レットがいてくれて良かった」
「ありがとうございます」
馬車の中は会話の出だしの頃とは打って違って、穏やかな空気が満ちていた。
だが、そんな空気も長くは続かない。
今朝思いだした出来事に触発でもされたかのように、ステラ達は災難に見舞われた。
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