第31話 騎士としての日常



 家族の身の安全の保護という……脅迫の下、ステラとツェルトは王宮の騎士団の騎士を務めることになった。


 自分の力が、大切な人達を危険な目に遭わせてしまうとは……。

 力を得ようとしてきたのは、自分には価値があるという分かりやすく確かな証拠が欲しかっただけで。

 そして、いざという時の為に身を守れる力が欲しかったという、ただそれだけの事だったのに。


 そのせいでこんなことになってしまった。


 ステラは強くなってはいけなかったのか。

 ステラの努力はいったい何だったのか。

 分からなくなりそうだった。


 人は大きすぎる力が野放しにされているのを見ると、不安でたまらなくなるらしい。

 卒業試験にて改めて二人の実力を確認した教師ツヴァンの伝手で、二人の事が王宮に伝わってしまっていた。


 平時だったらそれでも良かった。

 けれど、時期が最悪だった。


 おそらく仕組まれたであろうクーデターは成功し、王宮の本来の主は生死不明になってしまった。

 そして新たに王の座に就いたのは暴君だったのだ。





 王宮の中、建物の高所につくられた空中庭園は大変見晴らしのいい場所だった。

 手を伸ばせそうな程に空が近くて、雲も悠然と浮かんでいる。吹き抜ける風も心地いいものだ。

 だがステラの気持ちは正反対だった。


 眼下には日を経るごとに人通りの少なくなってくる王都が見える。

 その様子を眺める二人の男女。


「私達に何かできる事があればいいんですけど」

「みな、きっとすごく苦しんでいるだろう。何とかできないものだろうか」



 ステラは目の前にいる騎士団の仲間、アリアとクレウスと話しをしていた。


「そうよね……、力があるのに何もできないなんて」


 この二人も、ステラと同じように学校の卒業とともに身近な人達を人質にとられて騎士団に入れられたのだ。

 それはステラとは違い騎士になるという夢を持っていた二人の夢を穢すような所業だ。

 許せない。そう思うが、何もできないのが自分達の現状で時々無性に情けなくなる。


「へたに町の人達と交流しようとすると、注意されてしまうのよね」

「兵士さん達ももっと他のことに気を向けるべきだと思いますけど、命令でしょうし仕方のない事なんですよね」

「彼らも内心では、己の職務に嫌気がさしている事だろうしな」


 ステラのため息まじりの言葉に、同じく沈んだ気持ちの二人の言葉が返ってくる。

 なんだか、このままこうしていたらカビでも生えてしまいそうだ。

 それは大変よろしくない。


「こんなこと考えても仕方ないわ、出来る事をやりましょう! クレウス、剣の打ち合いに付きあってくれない?」

「そうだな、こういう時は体を動かす方が良い」


 気持ちを切り替えるためにも、ステラ達は日課の打ち合いに励む。

 この力のせいで今自分は苦しんでいる。

 そうは思うのだが、こうしていると、気持ちが落ち着いて非常に助かるのだ。


 交換学生としてふれあった時もあるけれど、あの頃はこうして彼らと、日常的に関わる日が来るとは思わなかった。

 主人公とその彼氏なんて、別の世界で生きている人達で関わることがあってもほんの一瞬だけだって思ってたのに。


 剣を交え、クレウスを押している状態の中、ステラは彼女へと声をかける。


「アリア、彼氏の応援しなくくてもいいの? たぶん貴方が声かければ私に勝てちゃうわよ」

「ひゃあ、そのことは言わないで下さいステラさん! そ、それに声をかけたぐらいでそんな劇的な変化があるわけ……」

「って、貴方の彼女が言ってるけど、どうなのかしらクレウス」


 この二人、原作では卒業の日にくっつく話だったのに、何故かそれよりも数ヶ月前に恋人同士になってるのよね。

 おかげで、再会した時は初々しさが消えたラブラブ状態で、大変だったのよね。主にステラが空気を読む意味で。


「アリア、頼む」

「はい、頑張って下さい、クレウス」


 ほら、こんな感じで。





 主人公達との邂逅や人質である家族の心配もあって、しばらくは気の休まらない日々をすごしていたステラだったが、時が経つのは早いもので数週間も過ごす頃にはすっかりその現状に慣れていた。

 それは、割り振られる任務が段々とステラの能力を存分に当てにしたものばかりになってきて、忙しすぎて余計なことを考えている暇がなくなったからでもあったが……。


 まったく、好き勝手に使ってくれる。


 そんなある日の午後、騎士団の任務で魔物退治に行って帰ってくると、王宮でツェルトに出会った。


「ツェル……、シルべール様。どちらへ?」


 ツェルト・ライダーというのが以前の名前だったが、彼は今、ツェルト・シルベールと名乗っている。

 ステラはいつもうっかり名前で呼び掛けて、慌てて言いなおすのだ。

 ステラの今の身分は剥奪され、実は貴族ではなく平民だった。

 それは家族も同様で、領主としての仕事は幼い頃に一度だけ会ったラシャガル・イーストに引き継がれている。


 ステラ自身顔なじみの知り合いに様付けするなんて嫌で仕方ないが、へたに馴れ馴れしく名前を呼んで王宮の監視の人間に怪しまれたくはない。


「ステラか……」


 この呼び方をされた彼は、いつも一瞬だけ微妙な顔をする。

 きっとステラも微妙な表情をしているだろう。

 重いような堅苦しいような空気が二人の間に満ちる。


 彼に対してどう接していいのか分からないでいるステラだが、だからといって自分から線引きして距離を開けるのも嫌なものだった。


 ツェルトはステラと視線を合わせないように、姿を見て、


「用事だ。怪我は……ないみたいだな」


 それだけ言うとさっさと先へ行ってしまう。

 彼はステラ達と同じく人質のせいで騎士団に入れられたのだが、配属先が違うのだ。

 だから何をして、どんな風に過ごしているとかそういうことは一切分からない。

 気が付いたときには驚きの出世をしていて。何が起こったのか平民だった彼は今では貴族になっていたのだった。


 同じ騎士団だった入りたての頃ならともかく、立場が違う今では顔を合わせてもよそよそしい態度で二言三言しか喋らない関係になっている。


 何故かステラが何か話しかけようとすると、彼は居心地が悪そうにする始末で、ひょっとして話しかけてほしくないのではと思えてしまうくらいだ。


『ツェルトさんは、どうされたんでしょうね。以前はあんな風じゃなかったのに』

『彼にも色々思う所があるのだろう。それは僕達よりもステラの方がよく知っているはずだ』


 アリアやクレウスも、ツェルトの態度についてそんな風に言っているが、ステラはその言葉に否定も肯定もできない。


 なんだか、あの夢の中に出てきた看守ツェルトに似てきて嫌な気分だ。

 権力を持つと人は変わってしまうというけれど、彼もそうなのだろうか。


 町は活気がなくて、陰鬱な雰囲気に支配されている。

 学生だった頃の知人達(ツェルトは立場が違うしニオはそもそも姿が見えない)は、皆それぞれに離れてしまってまともに話すこともない。


 それが現在のステラを取り巻く日常だった。


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