第5話 そこまで強くなるつもりはない



 屋敷 中庭

 それから数日。

 父達はまだあの時の要件にかかりきりになっていて、ほとんど屋敷に帰ってこない。

 触れあう時間は少なくなってしまったが、その代わりツェルトとヨシュアがいるのでステラはそんなに寂しいと思うようなことはなかった。


 勉強の復習が終わった後、いつものようにツェルトと中庭に行く。だがそこに最近は、二人追加されるようになった。ヨシュアともう一人、壮年の男性だ。彼は静かにそこに立って待っていてこちらに気付くと挨拶を返してくる。

 自分達が長く屋敷を開けることへの負い目からなのか、父が新たに雇った者だった。

 ステラへ剣を教えてくれる教師として屋敷へこうしてやって来る。

 ステラとしては歓迎すべき事柄である。貴族の娘としてどうなのかとも思わなくはないが、日々訴えていたことだし、己の技術の向上にも役立つので願ったり叶ったりであった。


「よーし、今日もきっちりかっちり行くかんな、行くかんな」

「はいはい分かってます、ちゃんとつきあってあげるから、念押ししなくても大丈夫よ」

「よっしゃー」


 向かい合ったステラとツェルトの手には、それぞれいつものように木剣が握られている。

 指南役の壮年の男性レットがそれを見て、懐から懐中時計を取りだして時間を計り始めた。


「では、とりあえずいつものように日課の打ち合わせですね。お嬢様」

「ええ、小一時間くらいやってるから適当に見ててくれて構わないわよ」

「いいえ、お嬢様が不要なお怪我をなさらないように全力で観戦させていただきますので」

「そ、そう。……程々にね」


 時間に細かい上に過保護である教師を横に、ステラはツェルトへと向かい合う。


「ねえさま、がんばってください!」


 弟の声援を耳に入れながら体面にいる相手へ向かい合い、ツェルトその真剣な顔をまじまじと見つめる。

 

 いつもと変わらない顔がある。

 だけど、五年だ。

 あっという間だったけど、出会った頃に比べて随分背が伸びた。

 顔付きもちょと変わったし、


 こうしているとステラはいつも思う事がある、彼は……ツェルトは何を考えているのだろう、と。

 普通だったら女の子と剣の打ち合わせなんてしないと思うのに。

 どうしてこんな私に付きあってくれるのだろう。


「じゃあ、いくぜ!」

「いつでもいいわよ」


 ふいに浮かんだ疑問は掛け声とともに脇へと追いやった。

 今は集中だ。


 ツェルトが木剣を振りかぶって突っ込んでくる。

 せっかちな彼はいつも先に打ってくるのだ。


「せぁあ……っ」

「やぁあ……っ」


 数度打ち合うもまるで歯が立たない。


「はあぁぁっ!!」


 頭を使ってどうにか勝ってやろうとするのだが、どんなに不意をつこうとしても恐るべき反射神経で避けられてしまう。


 そして最終的にはいつも彼の方が勝つのだ。


「らぁっ」

「っ!!」


 木剣を弾かれて、ステラは荒い息をつく。

 反対にツェルトはまったく息を乱していない。


「はぁ……はぁ、今日も負けちゃったわね」

「だな、今日も俺の勝ちだ」


 正直くやしい。けれど、そんなに腹は立たなかった。

 彼は、普段の馬鹿さ加減が嘘みたいに真剣勝負で答えてくれるからだ。


 いつか、その事を疑問に思って聞いたら。


『ツェルトの性格なら挑発も立派な戦術だとか言ってやりそうなのに、どうしてしないの?』

『おいおい練習とはいえ、これは男と男の真剣勝負だぜ、そんな相手を馬鹿にするような事するわけないだろ』

『普段からそうしてほしいと思うのは私の我がままかしら。それと私は男じゃないのだけど』


 そんなやりとりがあったのを覚えている。


 打ち合いが終わった後ステラはレットに稽古をつけてもらい、ツェルトはヨシュアとの打ち合いで時間を使った。たまに視線を感じるとツェルトがわき見していて、レットの剣技をどうにか自分のものにしてやろうとしているのが分かり、後でヨシュアに頬を膨らませられてたりしたりするが。





 そんなこんなで、日課の打ち合いや教師の指導を受けた後。

 遊び終わったツェルトは自分の家へと帰っていく。

 ステラは屋敷の門でその見送りだ。


 先日の失礼な訪問者の一件で使用人達からの好感度が上がったようで、家の者達と仲良くなったらしいツェルト。その証にもらったのであろうお土産のクッキーで、彼はズボンのポケットを膨らませて楽しそうに笑っている。


「ステラもだいぶ剣の腕が上達してきたよな。将来は騎士とかになって働いてたりしてな」

「まさか、そこまで頑張るつもりはないわよ。今の所は自分の身の周りをしっかり守れれば十分」

「何だぁ。ステラが騎士になれば一緒に働けると思ったのに」

「へぇ、貴方……騎士になるのが夢なの?」

「かっこいいからな」


 思いがけず彼の将来の話を聞いたところで、ステラは我が家を振り返って言葉を続ける。


「いつも思うけど、平民の貴方がよく貴族の娘の家を自由に行ったり来たりできるわよね」

「今更だろ、そんなの。全開してんじゃんこの家」

「否定はしないけど……」


 最初は、恩があるから無下にできない。そういう関係だったのだと思う。

 けれど、こうしてツェルトの人柄にふれる時間が長くなるにつれ、皆が彼の事を好ましいと思ってくれてきているのがステラには感じられていた。

 裏表が無くて本当は優しい彼の性格。それを知ったからこそ今、こんな風に迎え入れているのだろう。


 知り合った当初は、平民だからという理由で遠ざけられないか少し心配になってきたが杞憂でよかったと思っている。


「俺は人の目を盗んで行動するの得意だ。たとえ出禁されても、遊びに来てやるよ。こういうのなんだっけウザイっていうんだっけ」


 頭をかいて笑うツェルトに突っ込みを入れる。


「褒めてないわよ、それ。まあ、そう言うらしいわね」

「俺がこなくなったらステラが寂しくて死んじゃうからな」

「ウサギじゃあるまいし、そんな事で死んじゃったりしないわよ」


 発言してから言葉の選び間違いに気付いた。


「寂しいのは否定しないんだな、可愛い奴だなぁ……うりうり」

「ち、違っ! 髪の毛で遊ばないでよ!」

「へへっ、じゃーなー」


 慌てて訂正しようとするものの、ツェルトの背中はもう遠くだ。

 勝ち逃げされた。

 ひっかき回された髪を直しながらステラは声を上げる。


「もうっ! ツェルトの馬鹿ーっ!!」


 ステラはいつものように怒りながらも、先ほどの彼の言葉を聞いて込み上げてきた思いに笑顔にならざるをえなかった。


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