第44話 ――英雄ステラ――
王宮 ホール
色々ありはしたが、全てはエルランドが王座を追われる前の元に戻ろうとしている
王都にも活気が溢れてきて、行きかう人々の顔に笑顔が戻ってきた。
最近はドタバタしすぎていた、これからきっと少しはゆっくりできるだろう。
…………。
そう思っていた日もありました。
現実は違った。厳しかった。
平穏はまだステラの元には訪れてはくれないらしい。
王宮で開かれたパーティー。
何百人と入りそうな煌びやかなホールにて、ステラは着慣れないドレスを着用して広い会場を歩いては、人々に囲まれ賛辞を耳に入れていた。
「本当に素晴らしい方ですわ」
「苦しむ民を思い、王と共に国を救われるなんて」
「さすが、騎士の中の騎士と言えよう」
「ウティレシアの領主様や奥方も、さぞお喜びでしょう」
だがずっとこんな調子で大勢の人に大量の言葉を送られていたので、一時間も経たない内に気疲れしてしまっていた。
こういうのは剣を振るうのとはまた別の体力が必要らしいのだ。
だが、だからといって迷惑かといえばそうではない。嬉しい気持ちは当然あった。
ひたすら強さを求め続けた自分だが、それが皆を助ける事につながって、本当に嬉しかったのだ。
しかし社交界の場に出ることが少なかったステラには少しばかり、刺激が強すぎた。
「ステラちゃん、大丈夫?」
人々にかけられる言葉の嵐、賞賛の雨から解放された後には、あまりの疲労具合にぐったりと壁によりかかっていた。
はしたないだのマナーがなってないだの言われそうだが、今だけはどうか許してほしい。
「私、こんなので次期領主が務まるのかしら」
「うーん……、一個質問だけど、ステラちゃんって領主になりたいの?」
「それは……」
言葉に詰まる。
強くなるのは自分の目標であっただけだから、ステラは大人になったら当然のように今までは領主になるつもりでいた。
貴族、領主の娘に生まれたからにはそれが当然だろうし、そうする以外ないと思っていたのだが。
「今は、……ちょっとだけだけど騎士になりたいと思ってるわ」
きっかけは無理やりさやされるような形だったけれど、それでもステラは騎士としての仕事に誇りを持っていたし、何より剣を振る仕事が一番自分にあっていると思ったのだ。
そこまで考えた所で、そういえば成るべき未来は考えていても、成りたいものを描いた事はなかったなとステラは思う。
誰かから必要とされる事や自分の価値を高める事ばかり追い求めてきたので、それ以外で自分の為に何かをしようと思った事はなかったのだ。
「私の人生……か」
ステラの周囲には沢山の人達がいて、その人達と培った絆がある。その事を教えてもらって、今始めて、自分の人生を自分の為に歩めるようになったのかもしれない
「ステラ……」
声をかけられて振り返る。
そこにいたのはステラの母と父だ。
やってくるなり二人はこちらに向けて謝ってくる。
「ごめんなさい、ステラ。どうか許して。私達が貴方に言うべき事を言わなかったばかりに」
「もっとお前に早く伝える事ができれば、苦しい思いをさせずにすんだものを」
「そんな、私は……」
今の会話を聞かれていたのか、と焦るステラだが、二人の表情はどこまでも悲しそうで、そして優しかった。
「魔法が使えないことが家族の不和になるのではないかと、話題にするのを避けていた私達の責任だ。許してくれ」
「お母様とお父様のせいではありません、すべては私が勝手に一人で考えて思い詰めていただけなんですから」
そうだ。誰にも相談せず、自分一人で抱え込んで決めつけていたのはステラだ。
敵を倒す強さは身につけられても、心を強くする方法は分からなかったから、ずっと……。
「それでも私達は、あなたの悩みを見過ごしてしまった罪があるわ」
母はステラにそっと歩み寄り、腕を広げて抱きしめた。
「お母様……」
母にこうして抱きしめられるのはいつぶりだろう。
心がほっと安らぐ気持ちだ。
守られてるという感じがした。
こういうのは少し新鮮だ。一緒に歩いてくれる人はいたけど、いつだってステラはだれかを守る側で、ステラを守れるのはツェルトだけだったから。
「ステラ、私達は貴方の親です。親は子供の幸せを一番に考えるものよ」
「だから、お前の好きな未来を選びなさい、私達はずっとお前の背中を見守っているし、必要なら支えよう。なぜなら……」
二人は共に視線を合わせた。
さすが長年連れ添った二人だ。
目と目で会話するとはこういうことなのか。
「「お前は(貴方は)私達の大切な娘なのだから」」
母様の腕の中で少し泣いてしまった後、
気を利かせたのかしばらしてからヨシュアがやってきて、ステラをダンスに誘った。
ホールでは、音楽が鳴り響き着飾った男女がペアになって楽しそうに踊っている。
こうしてゆっくり会うのは久しぶりだ、背が少し伸びたようだ。小さい頃は見下ろすような位置に頭があったものなのに。
すっかり頼もしくなった弟の成長に何とも言えない寂しさと、同時に嬉しさが込み上げてくる。
身長差があまりなくなってしまった二人は、向かい合いながらステップを踏んで柄の間、ダンスを楽しんだ。
「姉様、僕強くなりましたか?」
それでも甘えるようにこちらの様子を上目遣いで気にする様は、相手が歳下であることを思わせるには十分な仕種だった。
自分はまだまだヨシュアの姉でいなければならないし、いられそうだ。
ステラは小さく笑みをこぼした。
「どうしたの突然。あの時はあんなに自信満々だったのに」
「自信はあります。でも、直接姉さまに評価してもらいたくて、どうですか?」
不安そうにこちらに視線を向けてくるヨシュア。
ステラはその問いには迷うことなく答えた。
「ヨシュアは強くなったわ。物理的な強さもそうだけど、特に精神的な面ではきっとこの場にいる誰よりも強くなったと思う」
「嬉しいですけど、そうでしょうか」
「苦しい状況の中、大切な人を助けようと必死に頑張るヨシュアが強くないはずないもの。そんな状況の中、他の人間の……私の心配までしてくれたんだからヨシュアは絶対強いわよ。最強の勇者の私が保証する」
普段立場を利用するのは気が進まないステラだが、今だけは別だ。
ヨシュアの背中を押し、自信を付けさせることができるなら、何でも利用させてもらおう。
「やっぱり姉様に言われると、自信がつきます。ありがとうございます」
不安が晴れたのか、穏やかな笑みを見せる弟。
身内贔屓になるかもしれないけど、その表情は不思議と人の警戒を解いてしまうような、そんな魅力が感じられる。
これだけ素敵に育ったのだから、きっと周囲の女の子が黙ってないだろうなと心配になった。
ヨシュアのダンスを終えると、クレウスとアリアがやってきた。
「二人はもう踊ったの?」
「はい、もちろんです」
「三回ほど靴を踏まれたけどね」
「もう、クレウス!」
相変わらず仲睦まじいようで何よりだ。
「ステラさんに出会えた事に感謝を!」
王都の退魔騎士学校で再会した時の様な勢いで話しかけられ、ステラはもちろん驚いた。
「何、どうしたのいきなり?」
「ステラさんは私にたくさんの幸せを運んできてくれました。だからその感謝をしたんです」
「感謝だなんて大げさよ」
そうやって改めて言われる程の事を自分が本当に何かしてあげたのだろうか、と首をひねる。
やった事と言えば、彼女が小さかった頃のお悩み相談や、学生期間中に恋の悩みを聞いたぐらいだし。
そう考えてるとアリアは頬を膨らませて反論してきた。
「しましたよ。ステラさんは、私に勇気の出し方を教えてくれました。だから臆せずに大切な人を守ることが出来たんです。それに、ステラさんが手紙の事を気にしてくださったおかげで自分の心を見つめて、大切にする事もできたんです。だからこうして私は今、クレウスと一緒に笑い合うことが出来るんですから」
「アリア……」
私としては小さな手伝いだったけど、彼女はそんな風に思っていてくれたのか。
「僕からも君に感謝を、君はいつもアリアが困っている時に力を貸してくれた。アリアと僕の進む道の、良き指針でいてくれた。他の誰でもない君が一緒に戦ってくれたからこそ、僕達はここまでこれたんだ」
「クレウス……」
二人分の真摯な瞳に見つめられて、ステラは何とも言えない気持ちになる。
言葉の一つ一つから本当に二人がそう思っていてくれている事が伝わってきて、その場にいることが少し恥ずかしくなってくるくらいだ。
そこまで言われたからには、ステラはその思いには応えなければならない。
「アリア、クレウス……。ここでそうじゃない、なんていったら野暮よね。ありがたく受け取っておくわ。私こそ、貴方達のような良き仲間と出会えたことに感謝を」
笑顔と共に精一杯の感謝を言葉に載せてステラは目の前の仲間へと伝えた。
しばらく二人と談笑しているとその場にレットとツェルトがやってきた。
レットは恭しく一礼してみせる。
勇者の仲間だったこともあり、公の場に出る機会もあったのか、その佇まいは堂々としたものだ。
「お嬢様、勇者の継承おめでとうございます。私の弟子であるお嬢様が次代の勇者になられるなど、この身に余る光栄でございます」
「ありがとうレット。でも勇者様の事は……ごめんなさい」
かけられる言葉は嬉しかったが素直に喜ぶことができなかった。
自分だけ再会できたという負い目がステラにはあったからだ。
「謝罪する必要などありませぬ。離れていても心は通じている、それが仲間というものでしょう。言葉は語ればよいというものではありません、必要な事は全てお譲様が迷いの森に向かわれたあの日に話しております。必要以上に思い悩む必要などありあせぬ。勇者殿も望んではおられぬでしょう」
「そうね……、勇者様ならきっとそうおっしゃられるわよね」
「貴方が私の弟子でよかった」
そんなのこっちだってそうだ。
剣の腕だけではなく、ステラにとってレットは本当に尊敬できる師匠だ。
今はもう直接教えてもらえることはなくなってしまったけれど、彼がステラの先生であるのはいつまでも変わらないだろう。
そして、
「ステラ……」
「ツェルト……」
ツェルトは手を差し出しながら言った。
「とりあえず一曲踊ろうぜ。俺達はそれで十分だろ」
「そうね」
感謝も謝罪も、改めて言う必要はない。それが私達だ。
一旦は外れたダンスの輪へと再び加わっていく。
「意外、踊れるのね」
失礼かもしれないけど、ツェルトに二、三回は足を踏まれるかもと思っていたのに。
それなりに勉強してきた貴族のステラと違って彼は平民であるし。
「今日の為に必死で練習したからな。誤解するなよ、クレウス達とだからな」
「はいはい、分かってるわよ」
「まあ、そういうのもあるけど、ほら……俺、貴族になったからなぁ。面倒なとことか色々顔出さなきゃいけなかったし」
「そういえば疑問なんだけど、貴方どうやってそんな事になったのよ」
「リート先輩の家の養子にしてもらったんだよ」
「えぇっ!?」
ということはツェルトあの人と家族で兄弟になってるってこと? 貴族だったの?
そんなの聞いてない。
いやステラが聞いてないのだから、聞いてないのは当然だろう。
それよりあの人がツェルトの姉ということは……。
「ああ、だから俺と結婚した奴は、あいつが姉になる」
「……っ」
脳内で考えていたことを言い当てられて、思いきり動揺する。
危ない、今ツェルトの靴を踏みかけた。
「た、大変そうね、色々と。でも……すごく楽しそう」
「ああ、きっと楽しいぞ」
きっと想像以上に賑やかな日々になるだろう。
ツェルト一人でも大変だというのに。
「ツェルトは……」
「ん」
「誰か式を挙げたい人とかいるの……」
「……」
ツェルトは答えずにじっとこちらへ視線を注ぐ。
沈黙がこんなにも苦しいものだと、ステラは初めて知った。
「いるな」
「そ、そう……」
心臓がうるさい。
ホールに鳴り響いてる音楽なんて比じゃないうるささだ。
「それは……」
誰?
そう聞こうとしたものの口は動けない。
敵に切りかかる勇気はあるのに、どうして一人の名前を聞きだす勇気がないのだろう。
ステラはそのまま、ダンスが終わるまで口を開けられなかった。
空中庭園
祝いのパーティーの後日。
仲間達との日課のトレーニングを終えて、ステラは王宮の内部、庭園にあるベンチで休憩していた。近くに立っている掲示板に何気なく視線を寄こすと、そこに話題の話が載っている紙切れが張り付けてあった。
なんとはなしに内容を呼んでみると、とんでもない事になっているのが分かった。
思わぬくらい誇大誇張されている、英雄についての記事だ。
英雄ステラ。
私の噂だ。
唖然としながら紙切れを見つめる。
『圧政に苦しむ民と、革命を成功に導いた英雄、ここに誕生する』
『彗星のごとく現れた救世主、正義の名の下に悪をうち滅ぼす』
『断罪の使徒、ここに誕生す。エルランド王の懐刀』
記されていたのはステラの絵姿と恥ずかしくなるような褒め言葉の大群だ。
「勇者になって数日もせずに英雄になるとは、さすがステラだな」
「ステラさんなら当然です!」
近づいてきたクレウスとアリアに横から言われて、ステラは手の平で顔を覆う。
「どうしてこうなったのよ!」
勇者になるのはまだよかった。なりたかった訳じゃないけど、目指していたのだからなってもおかしくはない。けれど、英雄はないだろう。目指してもいないのに。なんで。
私はただ自分に自信が持てるくらいの強さを得られればそれで良かったのに!
「ほんとだぜ、これじゃ男としての俺の立場がないじゃん」
「ツェルト……」
いつからいたのか、ステラの背後に立っていたツェルトが紙切れを取り上げる。
「そんな悲しそうな目で見るなよ。だいたいステラは何が嫌なんだよ。ここまで来たらもうだれもステラを利用なんかしたりしないし、できない。ヨシュアだって、王宮の兵士相手に立ち回れるぐらい強くなっただろ」
「そうだけど……。その部分はもういいわ。仕方ないって思ってる。だけど……」
ステラはツェルトの顔をじっと見つめる。
平穏よりも何よりも自分には気になる事があった。
少し前ならそんな事考えもしななかったのに。今は気になって仕方ないのだ。
好きな人より強いってどうなの? しかもただ強いだけじゃなくて勇者で英雄。
元の令嬢とか悪役とかが霞んで見えるくらいの肩書きなのに。
ツェルトは、引いたりしてないのだろうか。
そこに通りかかったらしいニオが面白い事の匂いを嗅ぎつけでもしたらしく、ちょっかいをかけてくる。
「もー、察してあげなよツェルト君。ステラちゃんは、君に嫌われないか不安でしょうがないんだってば」
「はぁ、何だよそれ。これ、そういうアレだったのか? 今更そんな事で嫌いになったりするかよ」
「もぅ、そういうところはちゃんと言葉で言わなきゃ分かんなかったりするもんなの。ほらほら、言ってあげなって」
ニオに言われて、ツェルトはステラの方へ顔を向ける。
ステラはもちろん途中から気付いてたし、会話の内容がそもそも駄々漏れだったが、あえて気付かないフリをして顔を背けて、ばっちり待機していた。
「ステラ……」
「な、何?」
ぎこちなくそちらを向いて返事をする。
声が上ずっている。
そこだけ見れば、勇者を倒した魔物の群れへと勢いよく突撃していった人間と同じ人間だとは、とても思えないだろう。
「あ、と……。気付いてるかもしんないけど俺はステラの事……おい、なんで観察されながらこんな事言わなきゃいけないんだよ、お前ら邪魔だどっか行け」
周囲から集まる熱視線が気になったツェルトは、興味本位の見物人達をさっさと遠ざけて仕切り直す。
「俺は、ステラのことが好きなんだ。ずっとずっと、これからも好きだって自信を持ってそう言える。それくらい好きだ。だからそんな下らない理由で嫌ったりなんか絶対しない」
「ツェルト……。でも私、地面が見えなくなっちゃうぐらいの攻撃で魔物の群れを一瞬で吹き飛ばしたり、皆の力を借りたりしたけどあの先輩と渡り合えちゃうような人間なのよ」
「だから何だよ? そう言う滅茶苦茶なのも含めてステラだろ。そんなの今更すぎるぜ? 俺はそういう姿を見てきて、好きになったんだから」
「ほんと? ほんとのほんとに? 信じていいの」
「だからそう言ってるだろ。それよりステラの方こそ、言うべきことまだ言ってないんじゃないのか? 返事は?」
目に見える所に鏡はない。なくてよかったと思う。
今の自分の顔を見たら、とてもじゃないけど、返事なんて最後まで言いきれなかっただろう。
「わ、私も……好き。……ツェルトの事がすごく好き。ずっとずっと好きで、今も、きっとこれからもずっと好き。ねぇ私、本当にずっとあなたの傍にいていいのよね」
その問いには答えなかった。ツェルトはゆっくりと顔を近づけてくる。
返事はなかった。
そのかわり、一つの口づけが交わされた。
クレウス「ほう……」
アリア「わあ……」
ニオ「ニヤニヤ」
ツェルト「お前ら何こっそり見てんだよ!!」
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