第9話 とりあえず勇者を目指そう



 男の声が響き、ステラはその方向へと視線を向けた。

 二十代そこらの年齢の、剣を携えた長身の男性だ。


「勇者様……?」


 現れたのは絵本でしか見た事がない、勇者だった。

 ステラが小さかった頃に、母に読み聞かせてもらった勇者の物語。その本の表紙で見た姿、そのままだ。変わったところなどないし、老いてもいない。


 呆然としている内に喉を縛っていた魔物の枝が切られ、勇者のその腕に受け止められた。


 勇者。

 その人は、魔物の蔓延るこの世界で、原因を突き止め根絶しようと考えている、立派な人だ。

 ゲーム内では内容に直接関係しなくて、少ししか触れられない。だが、その存在はこの世界の大いなる希望であった。


 そんな人がどうしてここに?


「もう大丈夫だ、よく頑張ったね」


 抱えられたステラはツェルトの隣にそっと降ろされて、勇者は魔物達へと向きなおる。


「怖い思いをさせたりはしない、一撃で滅ぼす」


 勇者は持っていた剣を振り上げた。

 その剣が光を纏った瞬間、勢いよく振り下ろされ、薄暗い森の中は煌々と照らされた。

 トレント達は、勇者のその剣撃によって一瞬で消え去ってしまった。


「すごい……」


 次元の違う強さに、ただ感嘆の声しか出なかった。

 勇者はこちらを見て、私達に視線を合わせる。


「大切な人を守りたいと思う気持ちが強さになる。君達は互いを守ろうとしたみたいだね。だから僕がかけつけるまで持ちこたえられたんだよ。本当に良く頑張ったね」


 ツェルトの前なのにお姉さんぶってたのも忘れて、私はちょっぴり泣いてしまった。





 勇者はステラの家で雇われているレットと共に旅をした事があったらしい。

 ステラ達がいなくなったことを知った彼は、どうやってか勇者へと知らせ、二人の救出を頼んだらしかった。

 今までちょっと強いだけの普通の人だと思っていたのに、その剣の指南役が勇者の知り合いだと判明した時は本当に驚いた。


 その後はカルル村まで勇者に送り届けられ、村人たちに薬を渡した。

 そして避けられぬ罰、皆からお叱りの言葉の嵐を受けた。

 内容は当然、子供だけで森に入った件についてだ。

 ツェルトと二人で、何度頭を下げたのやら数えきれない。


 事態が落ち着いた後は、ツェルトの家で疲労の波に襲われて半日ほど眠り込んでしまった。

 

「お、起きた。あそぼーぜ」

「元気ね。その体力をちょっと分けてほしいくらいよ」


 目を開けてすぐツェルトの顔が視界に飛び込んで来て、ちょっと驚いた。

 目が覚めるまで傍にいてくれたのだろうか。


「それより手伝いとかしなくていいの?」

「貴重な薬を失いたくないから大人しくしてろってさ」


 納得。

 病人の看病とかさせても、ツェルトには務まりそうにない。

 まあ、たった半日とはいえ大冒険したのだから、今日くらいは休ませてやろうという心遣いなのかもしれないが。

 そんな事を考えてから、そういえばと思いだす。


「ねぇ、貴方って前に迷いの森に行った事があるの?」

「あー、まあな。好奇心旺盛な女の子を探してお兄さんする為に、ちょっくら……ほんのちょびっと入った事ある」

「だからあんなに反対してたのね……」


 ずば抜けた行動力を持つ彼がすぐに突進していかなかった理由はそういう事情があったからなのか……。

 とすると、的外れな考えをしていた事が少し恥ずかしくなった。


「お姉さんなステラも何か良かったぜ」

「馬鹿ツェルトっ」


 そんなステラの気持ちも知らずツェルトはいい笑顔を見せる。


 穴があったら入りたい気分とはこの事か。

 でも穴はないので、ステラは先ほどまで眠っていたベッドの布団にくるまって隠れる事にした。


「おっ、何か珍しいステラだ。こういうのはレアっていうんだっけか。レアステラだな」


 希少動物を目撃したみたいに言わないでよ。

 私は見世物になる気はないんだから。


 しばらくそうやってツェルトにからかわれたりして遊ばれた後、家を訪れた村人から、もうすぐ勇者が旅立つという話を聞いた。

 礼を言えずにさよならするのはあんまりなので、ステラは急いで身支度を整えて姿を探しに行った。


 早足で村の中を歩きながら、横についてきていたツェルトに尋ねる。


「ツェルト……。本当の強さって何だと思う?」


 迷いの森で勇者に助けられた時、その圧倒的な強さを目の当たりにしたステラは気になったのだ。

 気になって、そして考えたのだが答えはそう簡単に出そうにない。


「いきなり深そうな質問だな」


 頭を使って考えているのか、彼は難しそうな表所になる。


「うーん……。そんなの、大切な人を守りたい気持ちが力になるって奴じゃないのか? あの時、勇者の野郎が言ってたじゃん。俺はその通りだと思ったけど」


 そして、彼からもたらされたのはそんな言葉だった


「勇者の野郎とか言わないの、命の恩人に」

 

 だが、ステラはそれには同意できない。


「私はそうだとは思わないわ。だっていくら大切だって思ってても、その人の力が弱かったら守りきれないし、強い相手には敵わないじゃない」


 彼の言うような理由を否定するわけじゃない。

 あの場にツェルトがいなかったら、ステラは頑張って魔物に立ち向かおうと思えなかったと思うし、少ない時間とは言え抵抗できたりはしなかったはずだ。


 だがステラは、本当の強さとはそうじゃないと思っている。

 もっとふさわしい答えが他にあるのではないかと、思っているのだ。

 だがそれでも今回の事で学んだ事はある。


「私、もっと強くならなくちゃいけないわね……」


 強さは、あるだけあった方が良いという事だ。





 そんな会話をしながら歩いていたら、村の外れで勇者の姿を発見した。


 間に合った。村の人達に見送られ今まさに旅立とうとしている所だった。


「勇者様!」


 ステラの声を来て勇者は振り返る。

 何を伝えたらいいだろう。

 とりあえず礼は言わなければ。


「ごめんなさい、それとありがとうございました! 私、この事は一生忘れません!!」

「今後はあまり危険な事はしないようにね」


 あまり長く引き止めるのも悪い。

 迷惑にならないようにしなければ。

 あと言いたいことは……。


「あの……たくさん剣の稽古したら、私でも勇者様みたいになれると思いますか」


 ひょっとしたら呆れられるかな、とも思ったがこれだけは聞かずにはいられなかった。


「ああ、なれるよ。きっと。誰でもね」


 勇者は微笑みを見せて答えてくれる。

 その言葉に、これから頑張り続ける勇気をもらえた気がした。


「また、どこかで会えることを楽しみにしてるよ。じゃあ、皆さんもお元気で」


 勇者は村の人達に挨拶をして背を向け、今度こそ歩きだした。


 私はその背中を見つめながら思った。

 もっと強くなりたい、と。

 生きる為に、自分の価値を証明する為に。


 そしてステラは目標を設定した。

 これからの自らの人生を大きく変えるであろうその目標を。


 強くなるためには……とりあえずあの勇者様を目指そう、と。


 そう決めたのだった。


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