第22話 パワーファイターなご令嬢



 退魔騎士学校 教室


 放課中、教室の中でステラはツェルトと深刻な顔を突き合わせていた。


「問題ね」

「問題だな」


 二年目の学園生活も残り僅か、となった頃の事だ。


「進級試験が迫ってるわ」

「進級試験が迫ってんな」


 この世の終わりの一歩手前のような表情になっている二人がいた。

 そんな珍しい光景を見かけたニオが、何事かとそこへ話しかける。


「この二人の頭を悩ます事があったんだ……。で、どうしたの?」

「ニオ、大変なの。私たち試験勉強の仕方が分からないのよ」

「へ?」


 問いかけて帰ってきたのは、ニオにとっては予想外の言葉だったらしい。

 間抜けな声を出して、口を開いたまま固まっている。


「強くなれれば良いって、実技の練習ばっかりしてたから。勉強の方はあんまりしてなくて……」

「えぇー……?」

「だって、別に頭が良くなくてもすぐに死ぬわけでもないでしょ? 最低限のサバイバル知識とかは見につけるけど、それ以外は自然と後回しに……」

「ステラちゃん、強くなきゃすぐ死んじゃうような環境にいたの!? そういえばこないだもそんなような事聞いて思ったけど、厄介事に好かれてるんじゃない!?」

「そんな事ない、とは言いきれないのよね……」


 知恵熱が出そうなほど酷使した頭を抱えてステラはぐったりする。


 自分達が通っているこの学校は、もちろん対魔騎士を養成するための学校だが、学習範囲には一般的な知識も要習得項目の内に入っている。加えて、騎士は王宮所属の兵士となるので、上流階級の集う社交の場にも顔を出す事があり、礼儀やマナーなども勉強せなばならなかった。普通の学校より相対的にみて勉強しなければならない範囲がかなり広く、試験は学生たちの悩みの種となっているのだ。


 なのでこの時期はみな、血眼になってペンを走らせ……机にかじりついている。精魂尽き果てるまで決して離れないと言わんばかりの様子で、どの学生も試験勉強にかかりきりだった。

 もちろん各々の事情もあるから、騎士にならずに一般の人間として生きていく事を選ぶ生徒もいるが、だからといって好き好んでテストで赤点を取りたがる者はいない。


 この時期のそれぞれの教室はここが戦場だとでも言わんばかりの殺気だった空気が蔓延したりしているのだが、そんな中で最も一番殺気を振り撒いてそうな二人の調子は悪かった。


「厄介事だったらまだ力押しで何とかなったのに……」

「すごくそこらへん突っこんで聞きたいけど、それはあえて置いとくよ」


 ステラの幼少時代の環境がすごく気になるようなニオだったが、こらえて話を進めるらしい。


「とにかく、二人ともそんなに成績が悪いようには見えなかったけど、居残りとかもしてなかっよね。一体どういう事?」


 少なくとも目に見えて分かる範囲では、勉強に苦戦している様子は見られなかったと二オは言う。


 それにはツェルトが答えた。


「だからさっきもステラが言っただろ? 力技だ」

「は?」

「だから、暗記物は何度もひたすら書いて覚えたし、他の公式とか必要な問題はなんとなく分かるまで解いて解いて解きまくった。それで何とかなってたんだよ。今までは」

「それは……。著しく効率の悪い方法だね。だから限界がきて、二年間のまとめを含めた今回のテストを乗りきるために、勉強方法を教えてって事?」


 ニオがまとめてみせれば、そういう事だとステラ達は頷きを返す。


 一年の頃ならまだ内容は基礎的なものだったし、単純に内容を詰め込むだけで何とかなっていたのかもしれないけれど、二年分となるとさすがに無理があったと、実際に挑んでみてから思ったのだろう。


「挑む前に予想して欲しかったけどね。まあ、教えるよ……。ちゃんと」

「ほんと? ありがとうニオ」

「正直助かったぜ」


 素直に喜ぶ二人を前にして、ニオの顔色は優れない。


「うん、教えるんだけどね……」


 脳筋パワーファイターな二人を前にして、先行きの不透明さにニオは嘆きの声をこぼした。


「でもすごく骨が折れそう」





 放課後の教室。


「ああっ……もう。そんなの駄目だって」


 ステラとツェルト、二人の進級試験の面倒を見る事になったニオは耐え切れずに声を上げた。

 ステラの勉強の様子を見ては苛立った様子でビシバシと指摘を飛ばし、


「どうしてそうなるの。二人とも、不器用すぎだよ。そこは、一から計算しなくても、回り道の便利な公式があるのに。それちゃんと使って」

「ごめんなさい」


 ツェルトの様子を見てはビシバシ指摘を繰り返す。


「違うってば。ただ単に書いてるだけじゃ絶対覚えられないから、たまに問題形式で確かめてみなきゃ。無理にひたすら覚えようとすると、何だかよく分かんない記号みたく見えてきちゃうでしょ。きちんと意味とかも考えて覚える!?」

「悪いな」


 二人の勉強に、あれを言ってはこれを言うの繰り返しだ。

 おかげで勉強会が終わる頃には二オの喉は喋りすぎていつもカラカラになっている。


「二人ってホントあれだよね。前にステラちゃんが言ってた、ノーキンって奴だよ」

「うう、ごめんなさい」

「はぁ、悪い」


 返す言葉のないステラ達はただひたすら謝るしかない。


「ごめんなさい。ニオだって自分の勉強があるのに、私達のために時間を使わせちゃって」


 心の底から申し訳なさそうにしているステラの様子に、ニオは表情を緩めフォローの言葉を返す。


「まぁ、頼ってくれたのは嬉しいけどね。ほら、ステラちゃんとかツェルト君って、自分でできる事は自分でなるべくやっちゃう感じで、あんまり人に頼らないタイプだから。こんな早い段階で助けを求められたのは嬉しかったかな」

「ニオ……」


 ありがたい親友の言葉を受け取りステラが感謝していると、隣で勉強していたツェルトが空気も読めずに力尽きた。


「あ、俺もう駄目だ」


 ばったりと机に突っ伏す。


「ちょっと、ツェルト! せっかくニオが教えてくれてるんだから、リタイヤするなんて許さないわよ」

「そんなこと言ったって。俺こういうの苦手だし。ステラ一生のお願いだ」

「何?」

「胸触らせて、それでやる気が出るから……」

「ふざけてないで真面目にやって」

「俺は本気だったんだけどな……」


 その様子を見たニオは先ほどのような表情に戻って言葉を放った。


「二人とも、痴話ゲンカなんてしてないでちゃんとやってくれないかなぁ」

「ち、違っ……。いえ、ごめんなさい」

「すんません」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る