手を繋いで

かさごさか

第1話

 路地を通り抜けた先、壁と錆び付いたフェンスで塞がれた空間。その隅に幾つか置かれたドラム缶の上に座り、本を読む和装の女がいた。

しっとりとした長い黒髪には大ぶりのリボン。色鮮やかな着物に袴、焦げ茶色のブーツを身につけ、“女学生”といった風貌であった。本の頁を静かに捲る指先は細くしなやかで白魚の如きであった。 時折、文章を指でなぞるような仕草をしていた女は微かに口を開き、 「終わったかい?」と顔を上げた。

その声は女と思えないほど低く、別の所から別人が発しているのではないかと思ってしまう。 女の姿をした人物の目線の先には棒を握り締め、上を見る獣が一匹。棒も獣自身も血まみれで、その上、足元まで赤い。獣は細く長く息を吐き切ると、ガチリと歯を噛み合わせ無邪気に笑った。

それを見た女はドラム缶の上から飛び降り「じゃあ、帰ろうか」と本を閉じた。 すると、綺麗な黒髪は短くなり、身につけていた大ぶりなリボンも色鮮やかな着物や袴もブーツさえも、風に吹かれ飛ばされる砂の如く消え去ってしまった。そして、その場には地味な色の着物に身を包んだ長身痩躯な男だけが残った。


男はくすんだ革靴の踵を引きずりながら歩く。獣は小走りでその横について行く。血溜まりを水溜まりのように飛び越えて、転がる頭部を石ころのように蹴り飛ばし、彼らは壁とフェンスに囲まれた空間を後にした。あとひとつ角を曲がれば大通りに出るといったところで男は獣の顔に付いた血を拭い、どこに隠し持っていたのか大きめな布を着せ服に付いた血を隠す。布はポンチョのようで男にボタンを閉めてもらいながら獣は口を開いた。

「きょーはなによんでたの」

その声は子どもそのもので、舌っ足らずな口調が愛らしさを醸し出している。

「ラブロマンス。年の差もの」

「だからじょがくせー?うける」

「人は見た目で判断するからね。餌にするなら隙があるほうがいい」

「でも、こえひくいのはだめじゃん」

「喋らなきゃセーフっしょ」

「えー」

男に見た目を整えてもらった獣はただの子どもになり、「ほら、」と手を差し伸べられたら嬉しそうに男の手を握った。男の手は子どもには冷たく感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます