第14話

 家に着き、利智が「ただいま!」と叫ぶも誰の応答もなかった。どうやら予告通り、真桜は外出したようで、胡桃もまだ帰ってきていないようだった。

「利智、こっち」

 昨日と同様、部屋に直行しかけた利智の首根っこを掴み、洗面所へと向かう。手洗いを済ませたところで物音と共に、

「ただいま戻りましたー」

と声が廊下に響いた。直樹と利智が廊下に顔を出すと、学校指定の鞄と膨らんだ買い物袋を持った胡桃が見えた。

「クルミちゃん、おかえり!」

「おかえりなさい」

「ただいま帰りました!」

 洗面所から出てきた二人を見た胡桃は再度、帰宅を告げた。駆け寄った利智が重そうに膨らんだ買い物袋を彼女の手から奪い取り、台所に向かう。

「鞄、部屋に置いてきてもいいですよ。買ってきたものは僕らが運んでおくので」

「わかりました。ありがとうございます」

 体と袋の大きさが不釣り合いなせいで、引きずる形となってしまった利智から買い物袋を奪い取った直樹は、真桜から言伝を頼まれていたことを思い出した。制服から着替えてきた胡桃が台所にやってきたので、足元を彷徨うろつく利智の頭を押さえながら伝えた。

「真桜さんが、今日は外で食べてくるそうです」

「は、はい。わかりました」

「・・・?」

 真桜が伝えそびれていたことに不満を表すかと思っていたが、胡桃は今晩、食卓を囲む人数が一人減ることに対してあまり気にしていないようであった。思っていたような反応ではなかったことに直樹は少し疑問に感じたが、買い物袋の中身を取り出しているうちに解決された。

「ところで、今夜の献立を伺っても?」

 目の前に広がるは複数の根菜、肉そして『中辛』と書かれた平べったい箱。

「えっと・・・今日は、ライスカレー、です」

 少し気まずそうに答えた胡桃に直樹は「気にしないでください」と言い、頭を押さえつけても尚、動き続ける利智を連れ、台所から出て行った。真桜の不在の旨を伝える必要はとくに無かったのではないかと思いつつ、居間を通ると計がソファーに寝そべっていた。

「おお、昨日ぶりだな。お二人」

「まぁ、此処に住んでますからね。明日も会えますよ」

「確かにそうだなぁ。胡桃殿の手伝いはしなくて良いのか?」

「利智が彷徨くので、監視も兼ねて撤退してきました」

「なるほどなぁ」

「はー!? じゃましないけど!!」

 部屋に戻ろうかとしていたが、このまま計と話をするのも悪くはない。直樹は計が寝そべっている向かいのソファーに腰掛け、そして膝の上に利智を乗せた。すると、先ほどまで落ち着き無く動き回っていたのが嘘のように大人しくなる。

「そうだ、御仁。昨夜は途中で抜けてしまったからな、今晩もどうだ?」

 そう言って、計は軽く丸めた手を口に向けて傾ける仕草をした。どうやら昨日の晩では飲み足りなかったようだ。

「今日もですか? 真桜さんに知られても、僕は責任は持ちませんよ」

「はは、彼女、今晩は外で一杯やってくるんだろう? 知られたところで、」

「家は家、外は外、だと前に言っていましたね」

 直樹の言葉に計は「あー・・・」と言い淀んでしまった。

「・・・複雑な乙女心、というやつでは?」

「そうだといいですね」


 本人のいないところで話題は勝手に広がり、収束した。

 独特な香辛料の香りが居間まで流れてきたところで直樹は利智を膝から下ろし、立ち上がる。

「利智、僕の手伝いをしてほしいんだけど」

「! いいよ!!」

 二人で手を繋いで台所へと戻る。胡桃が火を止め、流し場に使った道具を移動させている間に食器棚から皿を出したりカトラリーを並べたり、作りあげた食卓の仕上げを飾るのは皿に盛り付けられたライスカレー。

 みんなで座って、手を合わせれば自然と声が揃う。


「いただきます」

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