第13話

 利智は好き嫌いが無く、何でもよく食べる子どもである。正確には『子どもの姿をした何か』である。何であるのかは利智自身もよくわかっていない。

 肉や野菜、菓子類といった“食料”に分類されるものはもちろん、土や鉄など人間が消化できないどころか口に運ぶことすら稀なものなど本当に何でも食べ、消化してしまう。


 その気になれば、名前、概念さえ食べることも可能だろう。


 利智の体内から引き抜かれた茶トラ柄の猫は呼吸こそしているものの、ぐったりと目を閉じ、起きる気配はなかった。

「全部、くっつけたか?」

「くっついたー」

 意識が戻らない猫を抱え直し、利智の外見が元に戻ったのを確認した直樹は周囲を見渡す。人の通りは変わらず、生活音も無いままであった。

 まぁ、いいか。

 直樹は腕に猫を抱いたまま、二人で元来た道へと踵を返す。革靴の底と地面が擦れる音が住宅街に反響する。いい感じの枝を失った利智は所在ないようで、直樹の着物の裾を握った。


 閑静な住宅街を歩く。ふと、生ぬるい風に乗って、遠くから子どもの声が聞こえた。近くに幼稚園でもあるのだろう。あるいは、先ほど立ち寄った公園より広い公園があるのかもしれない。近くで扉が閉まる音がした。誰かが家に入ったのだろう。

 閑静な住宅街を歩く。話し声が聞こえてきた。井戸端会議でもしているのだろうか。杖をついた老女とすれ違った。この地区に来て初めて外を出歩く人を見た。

 閑静な住宅街を歩く。遊具が一つしかない小さな公園まで戻ってきた。突如、抱えていた毛玉が動き出し、するりと地面に飛び降りた。猫は猫のまま、直樹達の帰路とは反対方向へと走り去ってしまった。茶トラの猫の姿が見えなくなる。

 直樹は、着物の裾を掴んでいる利智へ手を差し出した。


「じゃあ、帰ろうか」

「うん!」


未だ家は燃え続ける。

魚はもう飛ばない。


暖気の中に肌寒さが残る季節のことであった。 

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