第15話
数日後、直樹と利智は駅近くにある喫茶店に来ていた。初老の店主が1人で営んでいる馴染みの店である。加賀から営業再開したらしいと知らせを受け、様子見も兼ねていつもの窓際の席に並んで座る。利智はショートケーキ、直樹はクリームメロンソーダを頼んだ。それぞれ注文したものがテーブルに置かれた時、喫茶店の扉が開き、来客を告げる鈴が鳴った。
店に入ってきたのは一匹の猫であった。腕に抱えた覚えのある、茶トラの猫は直樹たちが座る席まで来て、軽々と向かいのソファーに飛び乗った。そして、居住まいを正して口を開く。
「―― 先日は世話になったな」
それは人の言葉であった。
クリームメロンソーダのクリームの部分、要はバニラアイスなのだが、直樹がそれを食すことはなく、利智の口に運ばれて行った。
その事に対しては特に何も思わないが、相席を許可してもいないのに目の前に座った猫が、人の言葉を話し始めたことに直樹は少し驚いた。具体的に言うと、耳に届く声は猫の鳴き声そのものであるが、脳には人の言葉として届く。なんとも不思議な感じであった。
「…これは、どうも」
座ったまま頭を下げようとすると、猫がテーブルを叩いた。
「んな丁寧にすんな。あと敬語やめろ」
「はぁ…」
「“アニキ”にもタメで話してんだろ? だったらおれにもそうしろって言ってんだよ」
「……そう、ならそうさせてもらうよ」
バニラアイスだけを食べ終えた利智が、押し戻してきたグラスを移動させながら直樹は言葉を続ける。
「僕は久文直樹、こっちが」
「知ってる。アンタらのことはよく聞くからな」
「え、」
本日2度目の驚きである。ストローを弄ぶ直樹の手が止まったのを見て、猫は鼻で笑った、ような気がする。
「
「そ、うかい…まぁ、それはそれとして目は大丈夫かい?」
その言葉に、得意げに細めていた目が一気に開く。その瞳は綺麗な琥珀色であった。
「まぁ…な。別に、おれは取り込まれた…? ってだけでアレと共有してたわけじゃねーし」
「なるほど」
アレというのは、数日前に利智が飲み込んだ銀次と名乗った男のことだろう。猫を取り出した時に目が傷ついていないのは確認したが、中身が無事かは今日まで不明だった。無事だったようだ。
それから茶トラの猫は燃え続ける家がかつて魚屋を営んでいた家族が住んでいたこと、ある晩、強盗に入られるも原因不明の出火によって犯人諸共、全員が焼死したことを話した。
「じゃあ、銀次って名乗っていたのはその時の強盗かい?」
「いや、知らねぇ」
「えっ」
差し込む日光が心地良いのか、猫はテーブルの上に前足を乗せ伸びをした。
「君はあの家で飼われていたわけじゃないのか?」
「おれじゃねーよ。あの家にいたのは、・・・おれじゃない」
そう言う猫の声があまりにも、小さく重く、直樹はストローを軽く上下に動かした。氷同士がぶつかり、涼やかな音がグラス内に響いた。
「・・・まぁ、あの時はおれも言われた通りにすぐ逃げなかったから、だから、」
「そっか」と言い、歯切れの悪そうに言葉を探す様子を見ながら直樹はストローを口に含む。
「あぁ、そうだ。首輪返してくれ」
「僕が付ければいいのか?」
飲み込んだメロンソーダは奇妙な甘さを舌の付け根に残して、胃に落ちる。
「当たり前だろ。この手が人間みてーに動くと思うなよ」
あの時、外したピンクのフリルが付いた首輪を猫の首に回す。『ココア』と描かれた名札が毛に埋もれた。
「君はこの首輪、嫌っていないんだね」
「おう、イカしてんだろ?」
グラスに残っていたソーダを飲み干した直樹は、財布から代金を取り出しテーブルに置く。利智はとっくの昔にケーキを食べ終えていたらしく、少し眠そうであった。
「
日の当たらない、カウンターの奥で
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