第16話
喫茶店を出ると一際、強い風が通りを吹き抜けていった。それと同時に土埃が舞い上がる。直樹だけではなく、足下にいる猫も手を繋いでいる利智も目を何度か開閉させていた。
「おい、いつも金は置きっ放しなのか」
「あぁ。次に行った時にはもう何も置かれていないし、何も言われないし会計できてることじゃないか?」
「緩い・・・」
「それと、あの店主、正気を失っているから気をつけた方がいいよ」
できればの話だけどね、と言いながら直樹は着物をよじ登ろうとしていた猫を胴体から抱え、片腕に収める。
「あっそ」
喫茶店から家に帰るには大通りを横断しなくてはならない。其処はいつでも人の波で溢れかえっている。猫が人の足の間を縫うように通れなくもないが、抱えた方が安全だろう。
「君はこれから、どうするんだい?」
「あー・・・おれも家に帰るよ。今住んでる家の奴らに探されてたみてーだし」
それに、と猫は一呼吸置く。
「会いたいヒトにも、会えたし」
「そう、良かったね」
直樹達が住む家の前まで帰ってきたところで、猫は直樹の腕から飛び降りた。そのまま立ち去ろうとしたように見えたので、「ねえ、」と呼び止める。猫はこちらに戻って来るわけでもなく、その場からこちらに顔を向けた。
「あの家の火は消さなくても良かったのかい?」
「は? アンタにあの火が消せるわけねーだろ。あれはな、」
呪いみてーなもんだ。と、猫は住宅街がある方へと走り去って行った。
ここは夢現が混在する町。人も人ならざる者も共に生活をしている。今回のように、自身の首を仕留めた獣を手違いで取り込み、人と猫の姿を併せ持った亡霊がいるせいで、事件現場一帯が、あの世と再定義されてしまった ―― と断言できるか定かではないが、あの地区から生者が消えていたのは確かである。また、本の文章を用いて死者の臭いや見た目を身に纏った直樹が亡霊に容易く接触できたことから、ほぼ当たりだろう。
銀次と名乗っていた亡霊が何を探していたかは利智が食べてしまったので、わからないままであるが直樹には既に興味のないことであった。
いつか町が夢から覚めてしまった時、夢に置き去りにされた怪異が悪影響を及ばさないように、直樹達は忙しいという加賀に代わり、怪異が発生している場所に行っては可能な限りの対処を施している。対処といっても主に、利智が食べることで無理矢理に解決しているようなものだが。
加賀曰く、夢の中に夢は不必要とのことらしい。
正直な話、直樹にとって先述したような理由はどうでもいい。ただ、世間的に不要とされているモノが利智にとっては糧となるから加賀からの頼みを引き受けている。それで食費が浮くなら安いものだ、と玄関に向かう途中で直樹はなんとなく空を見上げた。
青空を背に浮かぶは鱗雲。今日も町は夢を見る。
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