第18話

 黄昏時を過ぎれば神々の時間―― などと言っていたのは遙か昔のことで、今では足下まではっきりと見えるほどの明るさに囲まれた夜である。


 直樹はくすんだ革靴の底を引きずりながら利智と共に露店を巡って歩いていた。

 今日は宵宮だと新聞には書かれていた。本来であれば宵宮は前夜祭らしいが、この人混みではおそらく、名前だけが継承されており町の人々にとってこれが前夜祭だという感覚はないのだろう。

 娯楽に食事、運試し、様々な露店と提灯が作り出す一本道。活気にあふれた光景は普段も目にしているのだが、祭りという非日常的な催しのせいか、一本道を歩き回る誰もが浮き足だった表情をしていた。


 今回、わざわざ直樹達が宵宮を訪れたのは加賀からの誘いがあったからである。何でも、直樹に会いたがっている者がいるらしい。しかし、加賀はそれだけ伝えてきただけで、どんな外見で名前は何という者なのかまでは言わなかった。正確に言えば、お茶を濁された。

『―― いやぁ、いつでも会える訳じゃない奴っすから・・・俺も旦那に会いたがってる奴がいるなんて、人伝いに聞いた話なんで』

『あっでも、賑やかなとこが好きらしいんで夏祭りに行ったら会えると思うっす! 宵宮なら明日あるんで!』

『へぇ、じゃあ会ってみようかな』


 いつものように柵越しに雑談をして、かなりふわっとした情報しか渡されていないのに宵宮に行くことを即決した直樹を『うそでしょ』と嫌そうな顔で利智が見ていた。


 そして最後に、

『明日の宵宮に行くんだったら、使方がいいっすよ。あと、向こうの好きなように喋らせておくといいっす』

と加賀は言っていたので、今夜は本を持たずに家を出た。いつも懐にある重さが無いのは、少しだけ落ち着かない。


 人知れずそわそわしている傍らで、利智は目についた食べ物を片っ端から要求してきた。露店に並ぶ食べ物は家でも作れそうなものばかりなので、出費はなるべく抑えたいところだったが、家を出る前から利智の機嫌があまり良くないようで、ほぼご機嫌取りの意味を込めて色々と買い与えている。

 買わない事が原因で利智が暴れ出すよりマシだと思いが直樹に財布を開かせる。


 鉄板の上でソースが焦げる音を聞きながら、利智が二本目の牛串を食べ終わった、と報告してきた。

「満足したか?」

「んー、まあまあ?」

 その他に焼きそば、綿飴、お好み焼きなどを買い食いしながら露店が連なる一本道を往復しても直樹に会いたがっている、という人物は現れない。

「利智、僕たちを見てる視線みたいなものはわかるか?」

「あるよー。こっちみてるめがふたつ」

「二つか・・・一対ってことでいいか?」

「いいんじゃなあい? けものくささもないし、たぶん、ひとだよ」

「そうか」

 話が通じる人だといいね、と言うソースでべたべたに汚れた利智の口周りを拭き、直樹達はゴミ捨て場を探しに人の流れに逆らうように歩き出した。

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