第4話

 久文直樹くぶみなおきは異能持ちである。

 本を用い、文章を身に纏うことで物語の登場人物に外見を変えることが出来る。普通の人間には出来ない芸当ではあるが、便利なものではない。変装という形でしか活用されない上に変えられるのは外見のみなので、声を発すればすぐ男であるとわかってしまう。自身の異能について、直樹は使い勝手が良いとは思っていない。だからといって嫌ってもいなかった。これは使いどころを間違えなければそこそこ役に立つ能力なのだ。そう、例えば今のように。


「・・・こんなもんですかね」

 直樹は今、真桜まおの部屋にいる。身につけているのは先ほどまで着ていた地味な色の着物ではなく、男子用の学生服に学生帽、マントのようなコートのような上着を羽織っていた。

「黒の面積ありすぎじゃない?」

「そんなの原作の方に言ってくださいよ」

 真桜は仕事で小説の表紙を描くことになったらしく、具体的なイメージが欲しいということで、直樹は小説の登場人物に外見を変えてはスケッチされるということを繰り返していた。インバネスコートなんて初めて着たし、詰め襟は息苦しい。首のあたりをもぞもぞ弄っていたら「動かない!」と真桜に怒られてしまった。その後も学生服のまま座ったりコートを翻してみたりしている中でふと浮かんだ疑問を聞いてみた。

「というか、この本って発売から結構な時間が経っていますよね。今更、表紙描く必要あるんですか?」

「なんか大人の事情?で、期間限定で漫画家とか絵師とかが描いた表紙に差し替えられるんだって」

「大人の事情ですか」

「そ、大人の事情。もう元に戻っても良いわよ」

「便利な言葉ですね。大人の事情って」と言いながら直樹は栞が挟まっている本を開き、栞を抜き取ってからぱたん、と閉じた。すると学生服もコートも砂粒ほどの粒子に分解され、空気中に消えていった。

 真桜に本を返し、彼女の部屋を後にする。そのまま風呂に行こうかと思ったが、利智と胡桃が使っていることを思い出し、直樹は台所に向かった。

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