第5話

 台所から一升瓶を持ち出して直樹はソファーに腰を下ろす。今では居室としてつかっているが、かつては客間だったのだろう。大きな振り子時計や豪華な彫刻が施された戸棚などアンティークな家具が置かれている。一升瓶と共に持ってきたグラスを二つローテーブルに並べて置いたところで、ソファーの生地が揺れた。

「晩酌か?」と話しかけられたので横を見ると直樹同様、和装の男が座っていた。着物の中にシャツを着ており、一昔前の書生といった出で立ちであった。

けいさんも飲みます?」

「二つもあるから、てっきりオレの分だと思ったんだがなぁ」

「間違いなく計さんの分ですよ」

 二つのグラスに無色透明な液体が注がれる。同量になるように注いだつもりだが、計という男はローテーブルに手をつき、量を見比べてからグラスを手に取った。飲んでしまえば同じだというのに。

「ところで御仁、肴はなくて良いのかい?」

「いやぁ、僕はこれがあれば十分ですね」

「強がらなくてもいいんじゃないか?」

「十分です」

「そう言わずに」

 彼は台所を出禁になっている。以前、料理酒まで飲み干して女性陣から顰蹙ひんしゅくを買っていたのは記憶に新しい。とはいえ、台所の主である胡桃はこの場にいないので今なら出入り自由のはずだが計は直樹を台所に行かせたがっている。その理由は明確で、

「クルミちゃんにたのまれてきたー」

と、いつの間にか直樹の膝に利智りさとが座っていたからである。いわゆる監視役だ。胡桃は明日も学校があるということでもう寝てしまったらしい。

「・・・つまみが欲しいって言いますけど、俗世のもの食べていいんですか?」

「良いんじゃないか? 酒だって俗世間のもんだしな」

「そういやそうですね」

「こちとら“神”って名称についてるだけで精霊?妖?に近いのか。まぁ、そんな神聖なもんじゃないしな」

 計と呼ばれるこの男は、居間に置かれた大きな振り子時計の付喪神だという。出会った当初、きちんとした名前は無いから好きに呼べと言われたので、適当に提案したらそのまま採用されてしまい今に至る。安易な名付け方をしてしまったかと少し悩んだが、呼びづらい名前よりはマシだろう。彼も不満に思っていない様子なので気にするのをやめた。

 二杯目を注いでいると「飲んでるなら声掛けなさいよ」と真桜まおが現れた。

「すいません、仕事中だと思って」

「今日はもう終わり。大体のイメージは固まったしね」

「真桜殿、厨に行くなら何か・・・」

「残念、台所に行かないのよね。あたしブンちゃんが使ってたやつ使わせてもらうから」

 ね?と、真桜は直樹を見る。その膝の上では先ほどから何も話さず大人しくしていると思ったら睡魔と闘っている利智が頭を前後左右に揺らしていた。直樹は二杯目を飲み干し、膝の上で船を漕いでいる利智を抱き上げた。

「りっちゃん部屋に置いて戻ってくるなら、あたし新しいグラス出しておくけど」

「いや、利智が寝る時が僕の就寝時間なので」

「そ。おやすみ」

「おやすみなさい。後片付け任せますね」

 後片付けを任せるとは言ったが、どうせベタつくグラスと酒臭い屍が転がっているんだろうなと思いつつ直樹は部屋に戻った。付喪神が二日酔いになるのか否かは置いといて明日は早く起きようと思った。


 男と子どもが部屋に戻っていったのを見届けた二人は互いに酒を注ぎ合った。

「惚気も大概にしてほしいものだよなぁ」

「アレって惚気に入るの?」

「真桜殿はそう思わないのか?」

「あれくらい微笑ましい~って見守れるようじゃないとね、」

今後大変よ?と目を細める真桜を照らす暖色の灯りが二股に分かれた尻尾の影を映し出していた。

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