第5.5話

 天井から水滴が落ち、音を立てて湯船を揺らした。湯船浸かる胡桃の上で利智りさとがタオルで遊んでいた。空気を包むようにきゅっと握れば海月くらげにも似たタオル風船が出来上がる。それを見ながら胡桃は少し長めに息を吐く。

「明日の朝ごはんどうしようかな…」

「あさごはん?」

「うん。りっちゃんリクエストある?」

 胡桃はこの共有住宅シェアハウスの台所を任せられている。料理は好きだがメニューに詰まってしまうのが永遠の悩みであった。

 ここの住人は食べれればいい、とよく言う。食に無頓着な人が多いので食べたいものを聞いても解決しないことが多かった。その中でも利智は何かと食べたいものをリクエストしてくれるので胡桃的には救世主のような存在である。

「んーとね、おかゆ」

「おかゆ?」

これは意外な答えが返ってきた。お粥とは随分と渋いところを。

「あ、でもあさたべないかもしれない」

「えっ」

「リーとナオはたべるけど、マオちゃんはたべないとおもう」

 タオル風船を徐々に萎ませながら利智はぽつぽつと話す。もしかして朝ごはん作らないほうがいいだろうかと一瞬思ったが、真桜は朝ごはんを食べないだろうと言う利智の予測に心当たりがあった。おそらく真桜と計の事だろう。

「そっかぁ。じゃあ、お粥作っておくね」

「ん!」


 利智には先に湯から出てもらい、胡桃は湯船の縁に手をついて体を持ち上げる。そのまま縁に腰掛けて脚を洗い場に移す。

 今、胡桃の脚は使い物にならない。彼女の下半身には二本の脚ではなく1本にまとまり鱗に覆われ、つま先にあたる部位には尾びれがついており、まるで魚のようであった。大きく柔らかな尾びれが壁にぶつかって端がぺろんと折れている。

「りっちゃん、先に着替えてていいよ」

「わかったー」

「うん。あと、ちょっとお願いしてもいいかな?」

利智を脱衣場に行くよう促して、手が滑って湯船に落ちないように気をつけながら、ヒトの脚に戻るのを待つ。尾びれが消えて鱗が完全に落ちてからでないと着替える時に引っかかって痛みが生じてしまう。


居間では大人たちが晩酌をしているのだろう。二、三日に1度は開かれている宴の後のことを考えて、肌色を取り戻しつつある太ももを水気が残る指先でなぞり、胡桃は深く息を吐いた。

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