第8話

 家の中に入ると真桜が部屋から出てきたところであった。

「やぁ~ねぇ、朝から痴話喧嘩?」

「あ、おはようございます。朝ご飯は自分でお願いしますね」

「はいはい、おはよう」

 痴話喧嘩というよりは利智が勝手に機嫌を損ねているだけなのだが、上手く立ち回れなかった自分にも非があるので、なんだか複雑な気持ちである。起きた時から不機嫌にさせてしまったようなので、それも含めて気が重い。

 自室に戻るとベッドの上で利智が枕を抱きかかえながら横になっていた。こちらに背を向けているところまでは予想通りである。

「利智、」

当然だが、呼びかけても微動だにしない。直樹もそれ以上は話しかけることはせず、利智のベッドの傍らに座り込んで利智の背中を見つめ続けた。

「・・・し」

 沈黙が続いて数分、何か聞こえた。直樹はすかさず「うん?」と聞き返すと、

「リー、わるくないし」

言い直してくれた。

「うん、そうだな」

「わるくない」

「おでこ弾き飛ばして悪かった」

「おでこ、とんでいってないから」

「いや、でも、もしかしたら飛んでいったかもしれない」

「えっ!?」

 ぽつり、ぽつりと会話を続けている中で、「おでこあるよね!?」と利智が飛び起きたので、直樹はそのまま利智の額を鷲掴みにした。

「あるに決まってんだろ。人の体はそう簡単に崩れないし、僕が非力なこと忘れたのか?」

「じぶんでいうほどひりきじゃないじゃん!」

「おっ機嫌治ったか」

「なおってないし」

 額から手を離し、頭を撫でる。無意識なのか、不機嫌そうな態度を見せつつ利智は直樹の掌に頭を押しつけている。近所にこういう犬がいたなぁ、と思いつつ直樹は話を続けた。

「調子悪いなら、今日は“おやつ”やめておくか?」

「それはいく」

「行くのかよ」

「ちょうしはわるくないし、きげんわるいだけだし」

「じゃ、一人で行くか? 僕がいると機嫌悪くなるだろ?」

「やだ~~~~~~~~~」

 会話に本調子が出てきたな、と直樹が思い始めた時、自室のドアが叩かれた。


「・・・終わった?」

 返事をする前にドアは開かれ、真桜が顔を出した。

「ええ、たった今終わりました」

「文ちゃんの、しれっと嘘吐くところ嫌いじゃないわよ。お隣にいる子、どう見てもまだご機嫌ななめじゃない」

「コイツがそういう顔立ちなだけですよ。何かありましたか?」

「隣にいるのがりっちゃんであることに感謝することね」

 直樹の発言に対して、利智が腕を振り下ろすも躱されるのを眺めながら真桜はため息交じりに言葉を続ける。

「そうそう、今日の晩ご飯いらないって言いに来たのよ」

「また胡桃さんに伝えそびれたんですか」

「まぁね・・・だから、あたしの分はりっちゃんが食べて良いよっていうのも伝えに」

「いいの!?」

「良いよー。食べきれなかったら隣の嘘吐き男の口にでも突っ込みなさい」

「えっ、ちょっと」

「用件はそれだけ! じゃ、よろしくね」

 一本締めよろしく、手を合わせ真桜は部屋へと帰っていった。ドアは閉じられず、彼女が去った後の廊下を直樹と利智は数秒ほど眺めてから顔を見合わせ、立ち上がった。

「外、行くか」

「いく!」

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