第9話
身支度を整え、戸締まりを利智と一緒に指さし確認し、今日は昨日と反対方向へ向かう。広くない道と民家が続く途中で、遊具が一つしか置かれていない公園に立ち寄る。公園を見つけた途端に駆けだした利智の後を追っていた直樹は入り口付近で待機し、利智は唯一の遊具で遊ぶわけでもなく、草を掻き分け何かを探しているようであった。この公園は手入れする者がいないのか遊具の周囲以外は雑草が伸びに伸び、利智の姿が埋もれそうになっていた。
利智後ろ姿が自分の視界にあることを眺めていた直樹は、遊具に寄りかかり家から持ってきた本を開く。文章を指でなぞりながら架空の世界に意識を沈めていく。
ガサガサと草を掻き分け踏み荒らす音を聞き続けること数分。何やら満足げな顔をした利智が戻ってきた。その手には長めの枝が握られていた。どうやら納得のいく『いい感じの枝』を見つけることができたらしい。直樹から見てもそれは長さ、太さ共に『いい感じ』であった。
「今日はそれにすんのか」
「うん!」
「前見て歩けよ」
直樹は本に栞を挟め、懐に仕舞った。
拾った枝を誇らしげに見つめながら歩く利智に注意しながら再び住宅街を進んでいく。ここは静かである。まさに「閑静な住宅街」そのものだな、と直樹が思い始めた頃、
なぁーぅ
と低い声が聞こえた。一瞬、赤子の泣き声にも聞こえたが、これ以上聞こえないとなると声の正体は限られてくる。歩みを止めた直樹は周囲を見渡す。すると、塀の上に座る一匹の猫と目が合った。ピンクのフリルがついた首輪をしているから飼い猫だろうか。猫も直樹達を認識したのか、欠伸をひとつし、塀から飛び降りた。
「アンタら、余所もんだろ。何しに来た」
飛び降りた猫は青年へと姿を変え、警戒心を隠さない低い声で近寄ってきた。猫の姿である時の毛の色を反映したような髪色や、胸元が大きく開いた服装から法に背いて生きる者が連想されるが、首に巻かれた可愛らしい装飾のせいで威厳が大きく削がれている。
「僕らは人に頼まれてここに来ました」
「・・・ほぉーん・・・・・・へぇ・・・・・・」
嘘偽りなく、簡潔に用件を告げる。そして直樹は空気が読める大人なので首輪について触れることはなかった。
「ちんぴらみたいなかっこうしてるのに、なんでふりるついたくびわしてるの?へんたいなの?」
しかし、利智はそうではなかった。
「うるせぇーーーーーーーーーな!! 悪いか! おれもなぁ! 好きで付けてるわけじゃねーーーんだよ!!」
「あ、『ココアちゃん』って書いてあるね」
「読むな!」
「はずせばいいのに」
「出来たらんな苦労してねーわ!この手で外せるわけねーだろーがよ! 」
出会って数秒で利智が彼の逆鱗に触れたが、問答無用で襲いかかってくるわけでもなかった。案外、話が通じるタイプなのかもしれない、などと思っていると彼の方から話を振られた。
「で、頼まれてきたって何すんだよ」
「うーん・・・調査?」
ざっくりとした直樹の回答を聞いたココア(仮)は眉をひそめ、ため息を吐いた。そして、勝手にしろと言わんばかりに手を挙げ、この場から立ち去ろうとする彼に直樹は、変わらずのんびりした口調で話を続ける。
「案内して欲しい場所があるんですが、」
「はぁ? 誰が行くかよ」
「僕、首輪外せるけど?」
その言葉が効いたのか、彼の動きが止まる。永い数秒間の沈黙の後に、唸り声をあげるように彼の重たい口が開かれた。
「・・・話は聞いてやる」
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