第10話

 この町は景観が微妙に統一されていない他、少し『ズレている』。人も人ならざる者も区別なく、紛れ、共に生活をしている。人ではない《それら》は元々この土地に住み着いていたものから流れに流され、この町に辿り着き、そのまま暮らしているものなど、多種多様である。彼らは特に世間に怯え、隠れ住んでいるわけでもなく人間に紛れ、各々それなりな生活を謳歌しているようであった。また、おそらく認識の歪みのようなものが生じているのだろうが、この町に暮らす人びとは目の前で会話している者が化け物であろうと、会話が成立している限り、その正体に気づくことはない。

 この町は『ズレている』。夢現が混在し、人も化け物も、人の形をした何かもあらゆる者が存在し、生活している。


―――――


 あれも町の特性が生み出した物だろうか、などと直樹は思っていた。不定期に空を飛び交うは魚。初めて目撃されたのは直樹達がこの町に来る前だったらしく、その時はまだ人気のない場所で飛んでおり、そして数も一匹や二匹程度であったと聞いている。それが今や群れをなして広範囲を飛んでいるようになったものだから、嫌でも気になってしまう。先日も加賀からの頼みで空を泳ぐ魚の群れを利智と二人で追いかけていた。その際、途中で邪魔が入り、断念せざるを得なくなってしまったのだが。

 兎にも角にも、空を泳ぐ魚の群れという奇妙なものに興味を持つのは子どもくらいで、大人達は獲れない魚に興味を抱くこと自体が時間の無駄と言うように見向きもしなかった。魚も魚で、誰の手も届かない上空を泳ぐだけで地面に降ってくることはなく、捕らえようにも霞を掴んだように消えてしまうらしい。


 チンピラ風情に姿を変えた猫は銀次と名乗った。彼も空飛ぶ魚を見たことがあるようで、この住宅街に暮らす者達も例に漏れず、魚を捕らえようと躍起になっていた時期があったとかなかったとか。

直樹に首輪を外してもらった開放感からか、目に見えて機嫌が良くなった銀次はあれやこれやと饒舌に話し始めた。ほとんど聞き流していたので具体的な内容は何一つ覚えていないが、ずっと話し続ける銀次に適当な相づちを返しながら、時に利智も反応を返しながら住宅街を三人で歩いていた。

「それにしても人と会いませんね、ここは」

「あ? あー・・・まぁ年寄りが多いからな。朝と夕以外はこんなもんだぞ」

「へぇ」

 本当に人がいない地区である。年寄りが多く住んでいると銀次は言っているが、いくら閑静な住宅街でも庭掃除や散歩などで何人か出歩いていてもおかしくはないはずである。


「・・・ナオぉ~」

 先ほどから一言も喋らなくなっていた利智が、とうとう立ち止まってしまった。

「何?」

「おなかすいた・・・」

 突如、空腹を告げる虫が盛大に鳴る。そんなに歩いていないと思っていたが子どもの脚には長距離に感じるのだろう。先を急ぐ用事は無いが、ここで立ち止まられると困るので利智を抱き上げた。

「あと少しで着くから。もう少し頑張ってくれ」

「ん~~~」

 抱き上げても利智はいい感じの枝を手放すことはなかった。枝の上を蠅が歩く。

「んなガキどっかに置いてくれば良かったろ」

「・・・僕はコイツがいなければ何も出来ないので」

困ったように笑う直樹に銀次は「逆じゃね?」と首を傾げた。


 直樹が足を止める。革靴を引きずる音が止んだためか銀次も数歩先で足を止めた。人気どころか鳥の声も風による草木のざわめきも聞こえない住宅街。蠅が数匹飛んでいる中、直樹が目を向けた先には、とある一軒家。そこは外壁は薄汚れているどころか煤けており、ガラスが割れた窓からは燃え盛る炎が飛び出していた。

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