第7話
食後、皿を洗い終わった直樹は
「少し外に出てるから、何かあったら呼びに来てくれ」
「えっ、まってリーもいく」
「テーブル拭いたら来て良いから」
「まってよー!」
わめきながらも律儀にテーブルを拭く利智を置いて外に出る。昼前なのでまだ少し冷たさが残る風に目を細めた。ここは日当たりが悪いわけではないが、時間帯によっては門から玄関先まですっぽりと影に覆われてしまう。しかし、それで困ったこともないので特に対処はしていない。
郵便受けから新聞を取り出し、一面の見出しに目を通していると「旦那ぁー」と声をかけられた。
「こんにちは、
「こんにちはっす。玄関先で新聞の立ち読みとは新しいっすね」
「新しさを求めることも悪くないと思ってね」
柵で出来た門を隔てて言葉を交わす。少年から青年へと変わる最中といった顔つきをした彼は目深に被っていた帽子のつばを少し上げニッと笑った。
「それで、今日のおすすめはあるかな?」
「野菜を買うなら商店街まで行ったほうが今日はお得っすね。ちなみに駅近くの喫茶店、臨時休業らしいっすよ」
「おや、休みは今日だけ?」
「いや~何日か休むっぽいっすねぇ」
加賀は今ぐらいの時間にふらりと顔を見せては、こうして何かと町の情報を教えてくれる。あまり積極的に外出しない直樹にとっては世間に追いつくための貴重な人材なのだが、
「・・・ねぇ、いつまではなししてんの」
利智と相性が悪い。いつの間にか外に出てきていたようで、直樹の足元にしがみつきながら加賀を睨みつけていた。
「僕の気が済むまで話しているつもりだったけど?」
「もうきぃすんだでしょ。なかはいろ」
「随分と子どもらしいじゃないっすか。駄々のこね方も板についてきたみたいで」
先述した通り、この二人は相性が悪い。どちらかが一方的に嫌っているなら、片方を宥めるなどできるのだが、互いに嫌い合っているので下手に口出しができない。
「はぁ?こどもらしいじゃなくて、こどもですー」
「お子ちゃまなら大人しくお家でねんねしてる事っすね」
「やぬしのきょかがないと、しきちにはいれないぜいじゃくなやつが、まけおしみすんなし」
「悪食のくせに食い残す野郎が何言ってんだ。だからお子ちゃまのままなんだろ」
「加賀君、」
さすがにこれ以上は近所の目が気になるというか、脚にしがみついている利智の爪が食い込んで痛くなってきた。手で顔を覆う直樹を見て、加賀はハッとした後、気まずそうな納得していないというようなため息を吐いた。次に、それを見て勝ち誇ったような笑みを浮かべていた利智の額を指で軽く弾けば、笑みはたちまち消え去り、しかめっ面のまま家の中に走って行ってしまった。
「悪いね、いろいろと・・・利智があの姿なのは僕の力不足なだけだから」
だから、あまり責めないでやってくれと伝えると加賀は頭を掻きながら、頭を下げた。
「わかってるっすよ。まぁ、いや、その、俺も悪いんで」
「それじゃ、お互い様ってことで」
「うっす。あと、これ頼んでもいいっすか」
そう言い、加賀が手渡してきたのは一枚の紙切れ。本来であれば、これを受け取るだけで互いの用事は終わるのだが、つい長話をしてしまい今のような小競り合いが発生してしまう。
「構わないよ。今日中にはできないけど、それでもいいかい?」
「いいっすよ! 引き受けてくれるだけでありがたいっすから!」
幼さが抜けきらない笑顔を向けてくれた後、加賀は帽子を被り直して走り去った。その後ろ姿が小さくなるのをしばらく眺めてから玄関へと向かった。機嫌を損ねてしまった利智になんて言おうか考えて、直樹はぼりぼりと後頭部を掻きむしった。
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