第24話
そう言った夜人は塀の上で再び跳ぶと、次の瞬間には民家の屋根まで移動していた。姿が見えなくなるまで夜人を見送った直樹と利智は手を繋ぐ。利智の手は少し粘度を持った液体で濡れていた。
家に着いたら、真っ先に風呂だな。
「ふーーー・・・・・・・・・」
利智の小さな手を握り、長めに息を吐くと共に肩の力を抜く。
露店が連なっている方を見ると、騒がしさを失った一本道は次に輝きを失い解体されている最中であった。雑然とした中から「旦那ぁー」と声がした。どうやら加賀がこちらを見つけたようで、手を振りながら駆け寄ってくるところであった。その後ろには何故か首無しの姿もあった。
「帰る前に旦那の顔見れて、良かったっす!」
「ちっ」
今のは利智の舌打ちである。
「えっと、加賀君。そちらの・・・彼と知り合いなのかい?」
「ナシオっすか? 知り合いも何も、ナシオが旦那のこと教えに来てくれたんすよ」
「ナシオさん」
「首無し男だからナシオって俺は呼んでるっす」
加賀に肩を叩かれながら、首無し、否ナシオは先ほどと同じように会釈する。夜人が言っていたように、本来は礼儀正しい人なのだろう。
「なにしにきたわけ? かえるじゃまなんだけど」
「まぁまぁ」
隙あらば、加賀に喧嘩を売る利智を宥める。
「ナシオから夜人が出たって聞いたんで来たんすけど・・・」
辺りを見渡す加賀の横でナシオが上半身を左右に振る。首を横に振っているのだろうか。
「一足遅かったね。加賀君と入れ違いで行ってしまったよ」
何か用でも? と聞くと加賀は少し苦い顔をして腕を組んだ。
「いや、用っつーか説教すかね? ナシオに変なものくっつけたし、変な虫ばらまくし、とにかく話があったんす」
「え、僕が会ったのは釣り竿を持った夜人なんだけど・・・」
「あー! そいつっす! 間違いないっす!」
夜人違いの可能性を問う前に確定してしまった。事情を知らなかったとは言え、夜人を見送ってしまった事に直樹は少し申し訳なく思った。
今晩、出会った釣り竿を持った夜人は中でも群を抜いて厄介な個体らしく、こうしていつもすれ違いになり捕獲に手を焼いているらしい。
「ちょっと前、旦那にあの燃え続ける家を見てもらったじゃないすか。あそこから色んなもの釣り上げては、その辺に投げ捨てるんでマジ迷惑してるんすよ!」
「じゃあ、そこでまちぶせすれば? ナオをえさにするよりこうりついいよ」
怒る利智の手を強く握り、加賀に飛びかからないようにする。
「待ち伏せで解決するなら苦労してねぇわ。釣り上げられて上から火の中に落とされて終わるだけだし」
「おまえ!!」
夜人の移動手段は基本的に屋根から屋根、塀の上や街灯の上など地面に降りてくることがあまり無いらしく、それも相まって未だに捕獲できていないのだという。
少し話をした程度の直樹が庇うことでもないが、加賀の話に聞くような悪質な事をする人だとはどうも思えなかった。しかし、燃え続ける家から釣り上げた虫をその辺に投げ捨てたせいで、それが寄生虫に成り果て、何も知らない鳥が食し自我を失う。ここまでだけでも被害が大きいように感じるが、さらに寄生虫に抵抗し暴れに暴れた挙句、頭部だけになってしまった鳥を気まぐれでナシオにくっつけたのだという。
なんという被害の連鎖。
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