第29話

「うーん・・・とりあえず実家の話からしますね」


 久文直樹くぶみなおきが生まれた家は異能を受け継ぐ一族である。

紙と墨、そして自らの吐息をもってその異能は完成する。かつて、紙と墨と吐息によって生み出された言葉は魑魅魍魎を退散した。また、息を吹きかけることで墨が染みこんだ紙は変形し、鳥へと姿を変えて遠方へと想いを運んだ。

 不可能を可能にしたければ自ら想像し、創造しなければならない。美しい言葉は薬となろう。荒々しい文章は毒になろう。紙に産み落とされ、命を吹き込まれた言葉はやがて森羅万象の掌握すら可能とする。


 全ては理論上、机上の空論であるが。

「まぁ、大昔は天候の操作とかしてたんじゃないですかね。聞いたことありませんけど」

「文ちゃんは、そういうのやったことないの?」

「まさか。僕は落ちこぼれなので出来ませんよ」

 久文において、あらゆる言の葉を利用する以上、自身で生み出した言葉を扱う事が原則となる。しかし、直樹ができることと言えば本の文章を身に纏うくらいである。それは他者の言葉を借りるということであり、家の原則に背く行為だ。

「自分で考えて作り出すって苦手なんですよね」

 持つ事ができるほどに冷めた湯飲みを口に運ぶ。

「でもでも、直樹さんは色んなことを知っています。それでも苦手なんですか・・・?」

「胡桃さんが思っているほど教養がある人間じゃないですよ、僕は。小学校までしか出てませんし」

「意外ねぇ。小卒のわりには礼儀正しい方だと思うわよ?」

「ありがとうございます。旅先での縁に恵まれたんでしょうね」

 真桜は羊羹を食べ終わったようで、串の先を囓っている。


「じゃあ、文ちゃんは自分が落ちこぼれだから家出しちゃったの?」

「随分と直球ですね。違いますよ」

「そっちだって即否定じゃない」

「あんえー、いーあへ」

 胡桃がお茶を飲んで顔を顰めると同時に利智が話に入ってきた。羊羹の塊を口に含んだまま喋り出したので、言葉の大部分が母音となってしまった。

「飲み込んでから話せ」

「んぅ~」

「あら、くーちゃん大丈夫?」

「舌を火傷しちゃいました・・・」

 あらら~と言いながら真桜は水を取りに台所へ向かう。その間に極限まで膨れあがっていた利智の頬はみるみると萎んでいき、大きく喉を鳴らして羊羹を飲み込んだ。

「はい、お水」

「あっありがとうございます!」

「それで、りっちゃんは何を言おうとしたのかしら?」


「あのね、リーがナオつれてったの」

 長方形の皿の上は既に空であった。

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