第28話

 居間に移動する際に真桜が何かを思いだしたようで「先に座ってて~」と台所に向かった。

「待ってください、私も行きます!」

と、胡桃も台所へと行ってしまったので直樹と利智は居間のソファに腰掛けて待つことにした。今日の利智は隣に座りたい気分らしい。


「お待たせ」

「羊羹ですか」

「貰ったのよ~」

 真桜が羊羹を切り分けている間に胡桃がお茶を持ってきた。湿気が籠もる居間に煎茶の香りが薄らと上書きされる。

「で、これはりっちゃんの分ね」

「箱ごと渡すのやめてもらっていいですか。汚すので」

「そこ?」

「よごさないもん!」

 ほぼ均等な厚みで切り出された羊羹三切れを器に乗せ、残りは全て箱ごと利智に渡された。礼儀作法がどうのと言う前に、そのまま食べることであらゆる箇所が汚れる懸念の方が先に来てしまった。

「・・・あの、」

 羊羹の塊を乗せる皿があっただろうかと直樹が立ち上がった時、胡桃が遠慮がちに声を出した。


「計さんの分はどうしましょう?」


 目の前の低い卓の上に置かれた三枚の皿。それぞれほぼ均等に切り分けられた羊羹が乗っている。そして残りは全て利智に分配された今、この場にいない計が食べる羊羹が存在しないことに胡桃は気づいてしまった。

「それは、僕の分を計さん用に回すので大丈夫ですよ」

「文ちゃん、お茶だけでいいの?」

「構いませんよ」

 

 ここ数日、家に籠もりきりだったせいで“おやつ”の時間が充分に取れていない。利智に空腹や満腹といった感覚があるのかは不明だが、不満が溜まっているのは明白だった。昨日のように胡桃の傷ついた足を食べようとしたくらいには食欲が満たされていないのだ。羊羹を塊で食べるくらいで満ち足りてくれるとは思わないが、気休めくらいにはなるだろう。

 真桜と胡桃には食欲旺盛な子どもにしか見えていないため、誰も利智が食べる分を減らして計の分にするという考えには至らなかったのは幸いである。


「はい、ゆっくり食べろよ」

「あらいもの、ふえるよ?」

「僕が洗うから良いんだよ」

 焼き魚を盛り付ける時に使う長方形の皿に黒い塊を押し出して利智に渡す。

 直樹は話し出す前に茶を一口飲もうとしたが、湯飲みが思っていたより熱くて少し浮かせた後、卓上に戻した。

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