第41話
「まあ、いい。答えが出たらもう一度教えてくれ」
すぐに答えることができなかった直樹に対して、責めるわけでも、失望するわけでもなく、和樹は紙に目を落とした。先程の続きを書き始めたようだ。紙の上を筆先が滑っていく。その迷いのない動きに直樹は目が離せないでいた。
しばらく見ていると、書き終わったのか墨が染み込んだ紙を四つ折りにし、和樹の息がその上に吹きかけられた。
“此れは鳥、千里をゆく鳥である――――。”
呼気がかかった紙は、白い鳥へと変形し部屋の外へと飛び去って行った。これこそ、久文の本来の異能の使い方である。紙と墨、そして自身の息吹。和樹は何か文を鳥に変形させて送ったようだった。
書の鳥と入れ違いに、「失礼します」と草枷が入ってきた。和樹の返事を待たずに入室してきた彼はグラスをひとつ乗せた盆を持っていた。
「入室の許可すら待てないとは、随分とせっかちなんだな」
今初めて知った、と言い和樹はグラスを取る。よく冷えたお茶が入っているのか、グラスの外側には無数の水滴がついていた。
「直樹の分は?」
「…頼まれておりませんので」
素っ気なく返答する草枷に和樹は顔を歪めつつ、お茶を胃に流し込む。空になったグラスが盆の上に戻されると、草枷は一礼をし、部屋を出て行った。
草枷の足音が遠ざかり、直樹は内心ほっとしていた。やはり、和樹と草枷は折り合いが悪いようだ。この二人が対面した時の空気の重さは桁違いである。
緊張が解けたついでにそのまま気が緩んだのか、夏の騒がしい暑さが纏わりつくのを感じ、直樹の指先には体温が戻ってきた。軽やかな風が部屋に吹き込み、昼下がりの終わりと夕暮れの始まりを告げた。
和樹は先程より、幾分穏やかな表情になった直樹を見て軽く頷いた。
「…すまないが、離れの掃除を任せてもいいか?」
なぜ申し訳なさそうに和樹が眉を下げているのかはわからないが、元々、離れの掃除をするつもりであったため、直樹はその頼みを快諾した。和樹が何とも言えない表情を浮かべていた理由は不明なままであった。
離れへ戻ろうと部屋を出る際、「掃除に飽きたら読んでみるといい」と和樹から一冊の和綴じの本を渡された。側面が黄ばんでいるところからして大分古い書物なのだろう。
題名がどこにも記載されていないそれと共に部屋を出た直樹たちは、途中で掃除道具が欲しかったことを思い出し、納屋へと向かった。
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