第41.5話

 納屋から箒や雑巾をいくつか拝借し、離れの掃除をしているうちにすっかり日も暮れてしまった。全て終わったわけではないが直樹たちは一旦、作業を切り上げることにした。和樹が手配してくれたのか布団は真新しいものが届けられた。離れの押し入れに置かれている黴が湧き出ていた布団で寝る覚悟をしていた直樹は思わず、真っ白な寝具一式を抱きしめて新品特有の香りを吸い込んだ。

 野宿したこともあるので直樹は寝床に対してこだわりはないが、ここ数年、共有住宅という綺麗な場所で寝ていたので、清潔さが気になるようになってしまった。

 布団を敷き終わり、明かりを消す。


「利智、障子開けといてくれ。まだなんか黴臭い」

「はいよー」


 指示を受け障子を開けた利智が振り返ると直樹は深い寝息を立てていた。当人が思っていたより疲れていたのだろう。中途半端な位置で力尽きている掛け布団の端を、直樹の肩まで届けおいた。夏とはいえ、夜は案外冷えるものだ。かつて、利智は直樹からそう教わった。


 昼間の暑さが嘘のように冷たく湿った風が流れ込んでくる。微妙な形の月が鬱蒼とした庭を照らしていた。


 利智は睡眠を必要としない。

 夢現の街で暮らしている時は不思議と眠気が発生し、直樹と共に寝ているが、本来であれば利智に睡眠という概念は無い。そしてここは街の外。人ならざるモノたちは道中で一切見かけることはなかったし、不思議な現象も和樹の異能を除いては目にすることがなかった。

 不思議な力も当然、働いているわけがないので、利智は眠ることなく目の前で規則正しく上下する掛け布団を眺めていた。


 眠る直樹を見つめ続けてしばらく経った時、利智は顔を外へ向けた。虫すら寝静まった時間帯に全く配慮のない足音が離れへと近づいていた。渡り廊下ではなく、庭から来るとはどちらだろうか。ここまで目立つ足音だというのに、直樹が目を覚ます気配はない。利智は周囲を警戒しつつ、縁側へと顔を出した。


「よぉ」


 庭にいたのは和樹であった。打掛を身につけていないだけで昼間と大差ない格好をし、火のついた紙煙草を咥えていた。

 和樹はその両手にくすんだ革靴とかわいらしい小さな靴を持っていた。草に埋もれた沓脱石くつぬぎいしの上に揃えて置かれたそれは間違いなく、昼間に回収し損ねた直樹と利智の靴であった。


「お前は寝ないのか?」


 ごく自然な流れで縁側に腰かけた和樹は利智の奥、深く眠っている直樹を見て言った。


「みんなでねたら、あぶないでしょ」


 こうして突然、真夜中に訪ねてくる人がいるのだから言外ににおわすと利智は出入り口を塞ぐように座り直した。腕を組んで、警戒心を隠そうともしない利智に和樹は「そうか」とだけ言い、煙草を咥え直した。


「てかさぁ、あれなに?」

「アレ?」

「クサカとかゆーやつ」


 利智の今の態度を見たら、あまりの無礼さにきっと直樹は卒倒してしまうだろう。


「ああ。アレな」


 よほど草枷を嫌悪しているのか、和樹は盛大な溜息と共に大量の煙を解き放った。


「初代の置き土産」

「まじめにいってる?」

「ホント、ホント。勝手に作って残して死んだから、俺ら子孫が、面倒見迷惑してんの」


 よっこらしょ、と年寄りじみた掛け声と共に和樹が立ち上がる。再び庭へ出て母屋へ帰ろうとするその背中に利智は顔を顰め、べ、と舌を出した。


「リーね、おまえ、きらいだよ」


 その言葉に和樹は振り返り、まっすぐと利智の目を見る。


「奇遇だな」


 そして、口内に溜まった紫煙を吐き出す。


「――― 俺もだよ」

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