第40話
和樹の向かい側には座布団が一枚置かれていた。そこに座れということだろうか。直樹は恐る恐る、座布団の上に正座した。ついでに利智は直樹の膝の上に座った。
その様子をじっと見ていた和樹は二人が落ち着いたのを見て、口を開いた。
「なぜ、戻ってきたんだ?直樹」
それは嫌味や怒りではなく、純粋な疑問であった。だが、直樹を動揺させるには充分であった。心臓から喉まで絞められているような息苦しさに軽度のめまいがした。冷える指先を握り込み、震える唇から言葉を絞り出す。
「く、草枷さんから…今までの、ほ、放蕩に対する謝罪と誠意を、見せてほしい、と。あ、あ、
そうだ。あの時、駅で草枷は『和樹が待っている』と言ったのだ。てっきり、直樹へ一度この家に戻ってくるよう指示したのは和樹であって、草枷はそれに従っただけだと思っていたが、話が違うようだ。
違和感を覚えつつも、混乱に動揺を重ねた直樹は和樹の言葉を一言一句聞き逃さないようにするので手一杯であった。
途切れ途切れの言葉を途中で遮ることもなく、直樹の話を最後まで聞き終わった和樹は「そうか」とだけ言った。直樹の予想に反してとてもあっさりとした返答であった。和樹の簡素な言葉に僅かに安堵した直樹は次に草枷から言われた通り、謝罪をしようとしたが、いかんせん、利智が乗っかっているので邪魔なことこの上ない。
利智の脚を軽く叩いて、膝の上から降りてほしい旨を伝えるが微動だにしない。しかし、このまま謝罪を述べるとなれば、あまりにも間抜けすぎる上に、さすがに次こそ怒られるに違いない。
直樹が焦り始めた時、和樹は顎を触りながら「直樹、」と話しかけた。
「っ、はいっ」
半ば反射的に背筋を伸ばしたことで、目線が上がる。そこで初めて直樹は和樹と目が合った。
「それは何だ?」
それ、とは何だろうか。聞かれたものの心当たりが無く、直樹はまた視線が泳ぎ始めた。
「あー、すまない。お前の上に乗っているのは【何】だ?」
今、自分に乗っているといえば利智しかいないのだが、利智の事を言っているのだろうか。
「兄さまが、お、仰っているのは、こちらのことでしょうか?」
利智の前に手を添え、確認する。
「ああ、そうだ」
「あの、こちらは、
利智がどんな顔をしているのかは見えないが、機嫌が良くないというのはだらけた姿勢から伝わってきた。しかし、直樹の膝から移動するような気配は未だにない。
「それは何だ?」
和樹は再度、同じ質問をする。
「利智は僕の、僕の」
「僕の、」と利智自身とその関係を説明するために口を開閉させるも、声にはならず、これ以上直樹の言葉が続くことはなかった。
その様子を急かすことなく見守っていた和樹は口端を緩め、筆を手に取った。
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