第38話
和樹の足音が聞こえなくなり、草枷が再び来る気配もない。母屋の廊下を左右に見渡して、直樹は「はぁ~~~~~~~~」と今まで詰まっていた息を吐きだしながら倒れ込んだ。
「ナオ、だいじょうぶ?」
「…………もうやだ。疲れた」
緊張が一気に解けたのだろう。人体の限界まで脱力しきったと思われる直樹は、横になったまま顔だけ利智の方を向いた。
「靴は?」
「えっとね、もってこれなかった」
先程、玄関に置いてきた靴を取りに行かせたが、利智は何故か手ぶらで戻ってきた。
話を聞くと、利智は経路として屋根の上を選んだらしい。玄関へ向かっている最中、何か鋭利なものが飛んできて利智の服を掠めていった。辺りを見渡しても、元々、人が少ない屋敷だ。怪しげな人物どころか利智の服にぶつかったものすら見当たらなかった。
このまま屋根の上を行っても良かったが、様子見として仕方なく下に降りた所でちょうど草枷と鉢合わせてしまい、そのまま逃げてきたという。
「ほらみてよ! これ!」
そう言いながら利智は、刃物で切られたようにぱっくりと切れ目が入った袖を見せてきた。
「あ、ホントだ」
「うそじゃないもん!」
別に利智が嘘を言っているとは思っていないが、布を切り裂くような、姿形が見えないものを飛ばせる者など、この屋敷には一人しかいない。直樹も異能者の端くれではあるものの、ほぼ機能していないに等しい力量では無理だ。そして、このように利智を故意に傷つけようと思ったことも無い。
「わかったわかった。近い。見えてるから。後で直してやるから、近いって」
「あとでって、いくの?むこうに」
「そりゃあ、まぁ」
行きたくないが、行かなければならないだろう。呼ばれたのだから従わなければならない。
なぜそう思うのか、直樹は知らない。何か相反する感情が絡まっているのか、なんだか少し気持ちが悪い。
ざわざわとしてきた体内を落ち着かせるために深く息を吸って吐き出すつもりが、ついでに床の埃も吸い込んでしまい、咳き込む羽目となった。
和樹の元へ向かうには屋敷の仕組み上、誰かから招かれなければいけない。再び人が来る様子がない廊下へと戻った状況の中で、どうしたものかと、渡り廊下に寝そべったまま直樹は腕を伸ばした。
重い空気に凝り固まった体を解すようにのびをした時、「あ、」と利智が声を出した。利智が見ている先を見て、直樹も口が開いた。
「あ、」
二人の目線の先で直樹の指先がほんの少し、母屋側の床へと出ていた。
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